詩 No.080 待ち遠しくて

通知が来ない
一時間ぐらい待っているのに

どうしたんだろうか
きらわれたのか
忙しいのか

LINEの船が舵をなくしたのか

それでも待つしかできなくて

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 こんにちは、菫色(すみれいろ)です。少しだけ思うところがあり、あとがきを書いてみたいと思います。

 この詩は今朝、書いたもので、思い浮かんだものをまとめ、装飾し、そうやって書きました。流れとしては恋愛の話によくあるもので、相手から連絡を待ち続けている、待ち焦がれているといったものです。私もよくやりました、通知がきたかは忘れました。

 さて、この詩の特徴的なポイントは、

LINEの船が舵をなくしたのか

 この部分でしょう。LINEの通知を船に見立て、その船の舵がないため私のところに来ない、もしくは迷っている、それを表わしたく作りました。ただ、この表現はオリジナルではなく百人一首からもじったものです。

由良の門を 
渡る舟人 
かぢをたえ 
ゆくへも知らぬ 
恋の道かな
      作者:曽禰好忠

 元の句ではなくしたものは櫂であり忠実に再現したわけではありません。この詩の中で使うならこんな形でしょう。こうすることで元の句の恋の行方がわからないという概念を取り入れ、

それでも待つしかできなくて

この最後の一文に重さをまとわせることができます。そのため、作った当初は良いものができた!と喜んでいたのですが、今見るとなかなか不格好です。

 船の下りが詩の中で圧倒的に浮いているため(船だから浮くのは当たり前ですが)読者がその部分で一度つまってしまいます。他の表現を平易にしているのに台無しです。もし用いるならば平易に言い換え全体の重さを均一にすべきでした。

 さらに言えばLINEを出したのもまずかったでしょう。周りが日本語であるためアルファベットが視覚的に浮いています。

 さらにさらに言うとこの詩に限ったことではありませんが、最近の私の詩には圧が足りません。たぶん、自身の中に詩の方程式がある程度組みあがってしまったのもあるでしょう。いわば手癖で書いているような状態です。もっと突き詰めて書かなければいけません。

 久しぶりのあとがきでした。前半は詩の解説、後半は自作の批評、とずいぶん昔とは様変わりしたものを書いてしまいました。また気が向けば続けていこうとは思います。

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