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おたねさんちの童話集「キツネの掃除屋さん」

キツネの掃除屋さん
 
 キツネのモクスは悩んでいました。いつも、みんなから白い目でみられるからです。周囲のみんなはモクスのことを、おしゃれで、上品だと褒めてくれます。でも裏ではなぜかずるくて意地悪なことばかりしている奴だと噂されているのです。
 決してモクスだけが悪いのではありません。どんなキツネであっても、キツネとして生まれてきたものは、絶対に、この悩みとぶつかるのです。
「私たちキツネは、悪いことがあると一番に疑われる動物なの。だから、決してずるいことや悪いことはしちゃいけないの。そして、絶対に疑われるようなところにも近づいちゃいけないのよ」
 おかあさんから、耳にたこができるくらいそう言われて育ってきました。だから、どんなに貧乏をしても、どんなにお腹を空かせても、決して卑怯なことはしないで、細々と暮らしてきたのです。もちろんキツネですから、どんなに辛いときも、辛い顔なんてしません。どんなに貧しくても、オシャレも忘れません。なぜなら、それが、我々キツネの誇りなのですから。
 どんなに白い目でみられても、悪い噂をたてられても、今までは、そんなに困ることはありませんでした。でも今は困るのです。なぜなら、キツネのモスクは商売を始めたからなのです。
 最初は、オシャレな洋服店や小物店を開業しようと考えました。でも、おしゃれな洋服店は、すでにインコやクジャクなどの鳥たちがやっていて、なかなか新規サ参入は難しいようです。小物店は、ライバルのタヌキたちがやっています。しかもかなりの人気です。キツネの仲間で、もしタヌキに負けるようなことがあると、もうキツネを止めなければならないほどの事態に陥ります。もし、たとえ一度勝ったとしても、タヌキはタヌキで、絶対にキツネに負けるわけにはいかないと思っておりますから、必死になって巻き返すことでしょう。さすがにモスクも、そこまでの危険を冒して小物屋をする気はありません。モスクは、それよりも、キツネが得意な商売はいったい何なのかを、真剣に考えました。答えは、なかなか浮かびませんでした。本当は、すぐに浮かんではいたのですが、なかなか認めたくはなかったのです。でも、商売をするからには、ちゃんと何年も続くようなものでないと意味がありません。本当は恥ずかしさもあったのですが、モクスは決心しました。この商売こそ我々キツネにとって天職とも言える商売に違いないのですから。
なんと、モクスの選んだ商売は掃除屋さんでした。でも、あれほどオシャレで、汚れた姿を他の動物に見せることのないキツネが掃除屋を始めるのですから、最初は誰も信じませんでした。
 何日も何日もお客さんの来ない日が続きました。
ですから、初めてお客さんが訪れたとき、モクスは涙が出るほど喜びました。
「あの。もーしもーし。家内の実家に三日ほど、行くことになったんだ。子供達も連れて帰ろうかとも思ったんだが、どうも学校へ行くようになっていろいろ用事があるらしい。それで、子供らだけで留守番をするのだが、どうも心配でな。浴室だけでも、掃除にきてくれたらありがたい」
イノシシのお父さんは、ゆっくりですが、迫力のある声で、そうモクスにいいました。
「お子さんは何名ですか」
「三人おる。まあ、風呂場は毎日泥だらけにするから、掃除が必要だけど、あと、子供達にさせるから結構だよ」
モクスは、イノシシのお父さんの言葉が優しさからくるものなのか、或いは、信用されていないことからくるのかを計りかねましたが、静かに頷きました。そうです。信用は、これから少しずつ積み上げていくものなのですから、最初はなくてもしかたがないのです。
モクスは張り切って、掃除しました。それは、もう、初めてのお客さんなのですから。洗剤も高級なものをふんだんにつかって、ごしごしと精一杯に磨き上げました。イノシシの子供たちはビックリしていたようですが、かまいません。とにかく一生懸命に磨いて、きれいになればいいのです。
三日後、イノシシのお父さんが戻ってきました。モクスはピカピカに磨かれたお風呂場を、お父さんに見せました。
モクスは、きっとイノシシのお父さんが満足してくれるに違いないと思っていました。
でも、イノシシのお父さんは、なんとなく不満そうな顔をしながら、「ありがとう」とモクスに言いました。
 モクスは、なぜイノシシのお父さんが喜んでくれなかったのか、わかりませんでした。でも、あまりに悔しかったものですから、何日も、何日も考えました。
でも、いくら考えても、さっぱり答えがみつかりません。だって、あれほど一生懸命に掃除をしたのですから。
モクスは、決心しました。直接イノシシに尋ねることにしたのです。でも、イノシシのお父さんは遠慮して、本当のことを言ってくれない気がしました。だから、モクスはイノシシの子供たちに尋ねることにしました。
 イノシシの子供たちは公園で、ドロンコ遊びをしていいました。
「ねえねえ、私のお掃除のいったいどこがいけなかったのかなあ」
モクスはイノシシの子供たちに尋ねました。
イノシシの子供たちは、互いに顔を見合わせて笑いました。
「そりゃあ、だって、あれだけ、洗剤の臭いがしたら、誰だっていやがるよ。パパなんか、あのあと、窓をあけて、水をまいて、おまけに何時間も扇風機まで使って、臭いを外に追い出していたんだから」
モクスは、ハッとしました。どうして今まで、こんな簡単なことに気づかなかったのでしょう。イノシシは、村の中でも一二を争うほど、臭いに敏感なのです。だから、使用する洗剤の量も、最小限にしなければいけないのでした。
 モクスは、大きくため息をついて、トボトボと公園を後にしました。
「どうしたんだい?」
声をかけてきたのは、アライグマのクリンでした。クリンはずいぶん前から、この村で、クリーニング屋さんを営んでいます。
モクスは、クリンに洗剤を使いすぎて失敗したことを話しました。
「やっぱり、お掃除も、お洗濯も一緒だね」
「何が一緒なの?」
「洗濯も、腕のいい洗濯屋さんほど、洗剤を使わないんだよ」
「どうして?」
「どうしてって、だって、強い洗剤を使えば使うほど、衣類の繊維を傷つけるじゃないか。だから僕たちは、何度も何度も、こうやってゴシゴシ、ゴシゴシしているだよ」
モクスは、丸太ん棒で、思いっきり頭を叩かれるくらいビックリしました。だって、今まで、いい洗剤を沢山使って、ピッカピカに掃除するのが一番いいと思っていたのですから。
その日から、モクスは、できるだけ洗剤を使わない掃除の方法を考えました。高価な洗剤を使わないので、料金も安く抑えられるし、きつい臭いもしません。でも、汚れが落ちにくいので、何度も何度も、隅々まで、丁寧にしなければいけません。手間はびっくりするほどかかりますが、その方が、お客さんに喜んでもらえることが、だんだんとわかってきました。
 やがて、モクスの掃除屋さんは、どんどんと注文が入るようになってきました。あまりに商売が繁盛するものですから、
中には陰口をたたくような動物もでてきました。もちろん、そんな動物は、一度もモクスに掃除を頼んだことのない動物です。
たとえば小物屋を営む狸のポンタンなどは、大きな声で、「やっぱりキツネは商売上手だ。きっとなにかインチキして大もうけしているに違いない」と、みんなに言いふらしています。
 モクスは、言い返したいのを我慢して、今日も精一杯に掃除をしています。
 「やい、ポンタン!おまえの店こそインチキじゃないか。こんな偽物ばっかり、置きやがって!!ちょっとくらいは、モクスの掃除屋を見習ったらどうなんだ!」
 イノシシのお父さんの怒鳴り声が村中に響いたのは、それから間もなくのことでした。
 

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