TommyとMassage
2014.04.11(続き)
朝食後、Tommyさんが「近くの市場に行ってみませんか?」と誘ってくれた。「市場に行くなら、魚や野菜が届いたばかりの早朝に限る」と、すぐにホテルを出た。
ホーチミンで立ち寄ったベンタイン市場とは、全然違う小さな小さな、生活のための市場だ。
市場は、活気があって、飾り気がなくて楽しい。食に対する欲がむき出しなのが、心地よいのかもしれない。Tommyさんは、顔見知りの店に立ち寄っては談笑していた。例えば、20年後、自分はこんなにパワーが必要な異国で、こんなに楽しそうに笑えるだろうか。そんなことを考えながら、列車で食べるバナナとドラゴンフルーツを買った。
一度、ホテルに戻り、少し寝てからチェックアウトする予定だった。部屋でウトウトしていると、部屋の電話が鳴った。Tommyさんからだ。
「もしよければ、一緒にマッサージに行きませんか?」
パワフル! 行く行く、絶対行く。すぐに支度をして、二人でタクシーに乗った。思いがけず慌ただしい午前だ。
……で、着いたのがここ(写真参照)。
絶対一人では来ない……というか、マッサージ屋さんかどうかも判断できない。まさか性的なサービスがあるところではあるまいな。
中に入ると、薄暗い部屋に数人の女性と男性の老人がいた。Tommyさんは老人と少し話してから、僕の方を見て「仁尾さんはどうしますか?」と言った。メニューには次のように書いてあった。
BODY MASSAGE 60,000VND/60'
BODY MASSAGE & HOT STONE 90,000VND/60'
BODY MASSAGE , STEAM BATH & HOT STONE 90,000VND/60'
こう書いてあったら、どれがなんだかよくわからなくても、やっぱり全部入りを選んでしまう。Tommyさんは階段を上がって2階へ、僕は女性に連れられて、1階のさらに奥へ入っていった。
女性はニコリともせず、白いショートパンツとタオルを僕に渡して、どこかへ行ってしまった。
(着替えろ、ということか。いや、たぶんこれはサウナだな。裸になって、ここに入って、サウナの後、このショートパンツに着替えるのか。それにしてもあの子、誰かに似ている。きれいな顔立ちだけど、意地悪そうで、愛想がなくて。あいつか! 以前バイト先ですごく感じが悪くて苦手だった「アダチ」の雰囲気に似ている)
よくわからないまま、全裸でタオルを持って、扉の中に入る。やはりサウナだった。屋外にいるだけでも汗だくのベトナムで、お金を払って汗をかきにきていることが、贅沢に思えた。いい感じで汗が噴き出してくる。そこでまた、はたと思うのだ。
(ところで、これはいつ出たらいいのだろうか)
出たところでアダチと鉢合わせになるのも恥ずかしい、かといって、そろそろ息苦しさが限界に近い。こんな小さなことでいちいち逡巡する自分が嫌だ。(もう無理)というところまで頑張って、たまらず扉を開けた。元の場所に戻ると、アダチが階段の方に少し目をやって、無言で昇っていく。
★
2階はボディマッサージの部屋だった。隣のベッドでは、Tommyさんがマッサージを受けている。僕はアダチに促され、顔の部分に穴が空いているベッドに、うつぶせで寝そべった。
Tommyさん担当の女性は、アダチより少し年齢は上だろうか。とても陽気だった。マッサージをしながら、アダチと楽しげに話し始める。Tommyさんは、あまりベトナム語は話せないにも関わらず、上手に彼女たちの会話に加わっていった。これが人生経験20年の差なのか。僕は、背中に温かい石を乗せられながら、ベッドの穴から見えるアダチの足先の動きを眺めていた。
休憩していたのだろうか。奥の部屋から、これまでいた二人よりも幼い感じの女性が二人、入ってきた。66歳男性1名、45歳男性1名、おそらく20代であろう女性4名の計6名が、狭いマッサージ室にいることになる。
少し場が和んだところで、思いついた。ベッドの側に立っていた女性に「ちょっとその短パン取って」と、日本語でお願いしてみると通じた。
ポケットから自分のiPhoneを取り出して、身振り手振りで「マッサージ受けているところ、写真撮ってよ」と伝えてみた。
「オー! オーケー、オーケー!」
ベトナムの若者にとって、iPhoneはちょっと憧れのようで、4人で代わる代わる写真を撮ってくれた。モテているかのような錯覚を味わえた。ありがとう、iPhone。そして、アダチはようやく笑顔を見せた。
なんだよ、かわいいじゃないか。
ここまで使う機会もなかったし、インチキをするようであまり使いたくなかったiPhoneアプリの「指さし会話ベトナム」を起動した。自分とiPhoneの画面を交互に指差して聞いてみる。
「何歳に見えますか?」
僕は、実年齢より若く見られるのが常だ。それはまったく褒められたことではなくて、45年も生きていれば当然刻まれるべき傷が刻まれないまま、負うべき責任を負わないまま、生きてしまっているからだと思う。
次にiPhoneの画面を、みんなに見せながら、指差してみた。
「何歳ですか?」
ベトナムでも女性に年齢を聞くのは、失礼なことなのだろうか。
その人のことを知りたいと思ったとき、生きてきた年数は、とても基本的で、重要な情報だと思うのだけれど、なぜ失礼に当たるのだろう。
みんな屈託なく教えてくれる。アダチと短パンを取ってくれた女性が22歳、大きめの黒ぶち眼鏡をかけた女性が21歳、Tommyさん担当の女性が28歳だそうだ(ちなみにベトナムは数え年らしい)。若い。
iPhoneを介して、わいわい話しながら(なんだよ、楽しいじゃないか)と思った。行ったことはないのだけれど、女性が同席する飲み屋の楽しさというのは、こういう感じなのだろうか。そうした楽しさ抜きにしても、ベトナムに来てから歩き通しだ。バスタブにも浸かっていないので、マッサージはじんわり沁みるように心地よかった。
最後に仰向けになるように言われ、顔のマッサージをしてもらった。アダチは頭上側に立ち、丁寧にマッサージをしたあと、ずいぶん伸びたあごの無精髭をそっと撫でた。上目遣いで見ると、いたずらっぽく笑った顔が、妙になまめかしかった。
なんだよ、かわいいじゃないか。
★
ホテルに戻って、大急ぎで出発準備して、慌ただしくチェックアウト。チェックアウト時には外出していたTommyさんに「帰りにも寄らせてもらいます」という手紙を書いて、フロントに預けておいた。
ニャチャン駅へ向かう。割とスムーズに列車に乗車。快適。9時間後には、ダナンに着く。
(Vol.09に続く→)
そんなそんな。