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わたしのヒーロー

「では、これで一学期末のPTA集会を終わります。夏休みの間、くれぐれも事故のないよう、お母様方には子供達の規則正しい生活と健康の管理を宜しくお願い致します 。本日はお忙しい中お集まり頂きましてありがとうございました。」

ふぅ~~、と集まった親達から暑さと疲れによる溜め息が漏れる。

夏休みの注意書きや2学期の準備事項など、担任から配られた資料を片付けつつ3階の教室の窓から校庭を見下ろすと、真夏の太陽のもと放課後遊びをしている子供達の姿が見える。

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今の子供達は習い事や塾などで昔ほど放課後遊びをしなくなった。遥か彼方の遠い記憶を呼び戻すと、自分達の時代はのんびりと平和で子供らしい子供でいられたんだな、と少しノスタルジックな気持ちになるのだった。


そして、あの夏の甘やかな遠い記憶が光の中に甦る。


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「せんせ~!verdeがまたピーマン残してます!」

・・・うっ。またチクられた。あのいじめっコ野郎め。帰りに靴箱からあいつの靴 片っぽ隠して帰ろう…

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わたしの名前は verde。小学校5年生。ピーマンが食べられない。キライじゃないけど食べたらお腹が痛くなるから。お母さんに言ったらピーマンの苦味成分のナントカっていうやつがわたしの体に合わないんだって。だから食べちゃダメなんだけど、先生に言えなくて。なんか子供みたいでカッコ悪いんだもん。子供だけどさ。

だからいつも給食にピーマンが出たら困るんだ。最後まで残して誰にも見つからないようにティッシュで包んでポイするようにしてるんだけど、たまにこうしていじめっコの shunに見つかってみんなの前で恥をかかされる。ホント、イヤなやつ。


その時、背後から誰かがわたしの肩をツンツンってつついた。

振り返ると後ろの席の kinちゃんが自分のお皿を持ち上げて私に差し出すようにして固まってる。

「 なあに?kinちゃん 」

「 ピーマン 」

「 ん?」

「 ピーマンちょうだい 」

「 え?いいの?」

「 うん。好きやから 」

「 ありがとう!」


そう言って私は自分のピーマンをkinちゃんのお皿にそっと乗せた。

kinちゃんは何事もなかったようにピーマンをポイっと口に放り込んで美味しそうに食べた。

よかった…。kinちゃんピーマン好きなんだ。今度からピーマンが出たら kinちゃんに食べてもらおう。


「 あーkinちゃんがverdeのピーマン食べた!先生、verdeがずるっこした~!! 」

うっせーなまったくこのやろう…。靴 両方隠してやるぞ…

わたしは知らん顔してさっさと給食のお皿を片付けてお昼休みの校庭へ駆け出していった。


kinちゃんは5年生に上がったこの春、京都から引っ越してきた転校生。分からないことが沢山あって不安だろうと、先生が学級委員のわたしの後ろの席を kinちゃんの定位置にした。もう3ヶ月経ったしすっかり学校にも慣れて kinちゃんは友達も沢山できたのに、席替えしてもなぜかずっとkinちゃんはわたしの後ろの席だ。


ある日の学校帰り、その日の体育はプールだったしお習字もあったし図工の絵の具カバンもあって両手一杯の荷物を抱えて帰らなくちゃいけなかった。もうすぐ夏休みだからいつもは学校に置いてある自分の荷物を少しずつ家に持って帰るんだ。


暑いし重いし眠いし、もう限界だーと思いながら足を引きずるようにトボトボと帰り道を歩いていると突然絵の具カバンがバサッと落ちた。中に入っていた赤や青や黄色の絵の具のチューブが飛び出して道一杯に広がった。あまりの暑さと突然のアクシデントにわたしはしばらくボーゼンとなって立ち尽くしていた。

すると後ろからやって来たkinちゃんが散乱したチューブをさささっと拾ってわたしの絵の具カバンに素早くしまってくれた。そしてわたしの指にかろうじて引っ掛かっていたお習字道具とプールバッグをもぎ取ってすたすたと歩きだした。

「 え~~、kinちゃん待ってよー 」

一気に体が楽になって空いた両手をパタパタさせながらkinちゃんの後ろを追いかけた。

「 持ってくれるの? ごめんね、ありがとう!重いでしょ?」

「 全然こんなの軽いから。平気やで 」

うふふ。嬉しいなぁ~~、楽チン楽チン。

わたしは調子にのってkinちゃんにある提案をした。

「 ねえねえkinちゃん、寄り道しない?」

「 ええよ、どこ行くん?」

「 河原に行きたいの。この前、橋の近くで猫の鳴き声がしたんだ。もしかしたら捨てられてるんじゃないかな…心配なんだよね。」

「よっしゃ、わかった。行ってみよ!」

河原につくとやっぱり猫の鳴き声が聞こえる。梅雨明けの川原は雑草の丈がハンパなくてわたしたちの胸の辺りまでぼうぼうに伸び放題だった。ランドセルや水筒やプールバッグやお習字道具や絵の具バッグを放り投げ、わたしとkinちゃんは猫の鳴き声のする方へどんどん草を分け入って行った。

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草の青い匂いが濃くてむせ返るようだ。ノースリーブの腕にバサバサと当たってちょっと痛かった。

「 あっ!いた!ほらverdeこっちこっち!」

「 どこどこ~?」

しゃがみこんで姿が見えないkinちゃんの声のする方へ必死で草を掻き分けてたどり着くとそこには小さな段ボールに入れられた子猫がいた。

「 1匹でいたんや。可愛そうに…寂しかったやろなぁ。」そう言うとkinちゃんはうやうやしく両手で包むように子猫を抱き上げた。

頼りなく鳴く子猫は薄茶色の体に目の周りにまるで眼鏡をかけたような黒い模様があった。

「 あはは、可愛いねぇ!」

「 こいつ、黒ぶち眼鏡かけてはるわ。オレみたいやな。」

「 ホントだ!kinちゃんだ!」

二人で顔を見合わせて大声をだして思いきり笑った。


河原に吹く風はさっきまで感じていたうだるような暑さと違ってすっごく爽やかで生き返るようだ。汗で額に張り付いた前髪が乾きはじめてサラサラとそよいで気持ちいい。


「 こいつ、どうする?」

「 kinちゃんち、飼える?」

「 うちは無理やな。おかあちゃん猫キライやねん。verdeんとこは?」

「 う~~ん、分かんないけど連れて帰ってお母さんに聞いてみる!」

「そか。したらオレが一緒に掛け合ったげるわ。」

そう言うとkinちゃんは子猫を段ボールにそうっと戻し入れ、わたしに手渡した。そして再びわたしの荷物を全部持ってすたすたと家の方向に歩きだした。


子猫を持って帰ってきた二人をお母さんは呆れ顔で迎えてくれた。kinちゃんは一生懸命お母さんを説得してくれて、子猫の世話はわたしが一人ですると約束して渋々オッケーをもらった。

「 やったね!」わたしとkinちゃんはハイタッチして喜んだ。そしてサイダーを飲みながら眼鏡をかけた子猫を見て、お母さんとわたしとkinちゃんは顔を見合わせてまた笑った。カラカラに渇いた喉が一気に潤ってサイダーはとっても美味しかった。


子猫の名前はkinちゃんに拾われたコだから「 kinji 」にした。最初、kinちゃんはいやがったけどわたしの意見を押し通した。

「 なんでオレの名前つけんのよ。オレは猫か? verdeのペットなんか?」そう言って嬉しそうに笑った。


夏休みに入ってから、kinちゃんは時々kinjiの様子を見にうちに来た。やせっぽっちだった子猫はみるみる大きくなって毛艶もよくなって益々可愛くなっていった。

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「 kinji 可愛いがってもろてるか?verdeにイジメられたらアカンでぇ。」

「 イジメるわけないじゃん!kinjiはわたしの大切な友達なんだかんね~。kinji大好きだよ~!!」

そう言ってkinjiをダッコしてほっぺたにすりすりすると何故かkinちゃんは真っ赤な顔をして俯いて黙りこんだ。

「 どしたん?」

「 なんもないよ!え〰️っと、ほな、またな 」

そう言うとさっさと帰ってしまった。

なによ、まだ遊びたかったのに。


夏休みの後半、わたしは軽井沢の親戚のうちに行っていた。東京よりもずっと涼しくて朝起きると庭の木にリスが登ってくるのを見れるのが楽しみだった。毎年夏休みの半分はここで過ごす。友達とは離れて寂しいけれど、今年は猫のkinjiがいるからちっとも寂しくない。東京だと心配でずっと家の中で飼っていたけれど、ここではバルコニーや庭へ自由に往き来できる。kinjiもすっかり軽井沢の夏が気に入ったようだ。

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軽井沢から暑中見舞いの葉書をkinちゃんに送ったらすぐに返事が来た。


「 verdeさんお元気ですか?僕は元気です。毎日暑くて嫌になります。宿題はもう終わりましたか?僕は大体終わりました。kinjiは元気にしていますか? kinjiのお世話を頑張ってしてくださいね。ではさようなら 」


やってるよ~、だってkinちゃんと約束したもんね。

早く夏休み終わんないかな…。kinちゃんに会いたいなぁ。


そんな風に退屈に思わなくてもあっという間に夏休みは終わった。

2学期の始業式の朝、いつもいるはずの後ろの席のkinちゃんがいないことに気付いた。なんだか胸騒ぎがした。

先生が教室に入ってきて開口一番にその事が告げられた。

「kinjiくんはお父さんのお仕事の都合で、夏休みの間に急遽引っ越しされました。」

教室中がどよめいた。

「 ええ〰️!ショックーーー!kinちゃん引っ越したのか~」

「 ウソ~~、知らなかったよ~」

「 最後くらい皆で送りたかったよな!」

「 はいはい、静かに!本当に急なことだったのよ。皆さんに仲良くしてもらってありがとうと言ってましたよ。」


・・・kinちゃん、行っちゃったんだ…。


「 おい、verde!知ってたか?」

shunが聞いてきた。

「 …ううん、知らなかった。」

全然知らなかったよ…。知ってたら軽井沢なんか行かないでずっと東京にいたよ。

時間を追う毎にだんだん腹が立ってきた。

なんで黙って行っちゃったの?

「さよなら」くらいしたかったよ。

ずっと友だちでいられると思ってたのに…。



学校帰り、重たい荷物を持って一人で歩いていると不意にkinちゃんを思い出す。

あぁ~、kinちゃんがいてくれたらなぁ…。こんな荷物、軽々と持ってくれるのに。

給食にピーマンが出てくると不意にkinちゃんを思い出す。

あぁ~、kinちゃんがいてくれたらなぁ…。わたしの代わりに食べてくれるのに。

kinちゃんがいてくれたらなぁ…。


数日後、kinちゃんから手紙が届いた。


verde様

突然引っ越すことになりました。ごめんなさい。そして、東京ではお世話になりました。僕は東京に引っ越した時、verdeのうしろの席でよかったよ。いつも僕に色々教えてくれて助かりました。本当にありがとう。

そして、猫のkinjiをこれからも末永く可愛がってやってください。僕と同じ黒ぶちめがねをかけた可愛いやつを。僕だと思ってくれていいからね。でも、ピーマンはあげてはいけません。お腹が痛くなるからね。ではお元気で。さようなら。


お世話なんてしてないよ…。お世話になったのはわたしのほうだよ。

kinちゃんありがとう。

これからも、ずっとともだち。


* ***** *


この記事は#めがね男子愛好会。に入会してくださった金木犀さんのために書いたプレミアnoteです。受け取ってくださってありがとうございました。

#めがね男子愛好会

















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