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Any day now / vol.2


早速ユウジくんのDMにメッセージを入れた。


「お久しぶりです、早紀です。わかるかな?トキオのパートナーの」


すぐに返信がきた。


「もちろんわかります。お久しぶりです」


「実は、ユウジくんに会って話したい事があるんだけど、いいかな?」


「はい、僕でお力になる事があれば」




ユウジくんと会う日の朝、トキオには帰りは仕事で遅くなると言って家を出た。


リザーブしたのは北青山にあるイタリアン。

以前は青山ベルコモンズがあった巨大跡地に聳え立つ「ジ  アーガイル アオヤマ」の南青山3丁目交差点をキラー通りに折れて北西へ。ブラジル大使館近くにある隠れ家のような白い外壁のリストランテ。


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ここは普段滅多に使わない特別な場所だ。キラー通りから少し入ったその小さな店には常連客しか来ない。そしてその内容はフレンチにも負けない凝った技の応酬で、毎回どんなに舌の肥えた料理にうるさい知り合いと来ても必ず満足させる事ができた。

今回は人目に付きたくない事と、ユウジくんを心ゆくまで満足させたい理由でこの店を選んだ。もちろんそれは相当の情報を聞き出すための手段として。覚悟を決めて挑む。今この不安な状況を打開するにはトキオの過去を知る人物から少しでも手掛かりになることを引き出すしかないと思った。


『ずっと忘れられない人がいるんだ…』


トキオの言葉が頭から離れない。ずっと前から…。私と暮らした5年間、ずっとその人を思い続けていたというのか。そんなこと信じられない。信じたくない。きっと何かの間違いだ…。


考えれば考えるほど、これまで想像もしなかった真っ暗な闇の渦に落ちていくような気がした。



約束の時間通りに行くと、店の前には既にユウジくんが待っていた。

カジュアルだがきちんとプレスのきいた真っ白なコットンシャツにスリムストレートのカーキのチノパン、足元はビットローファーでシンプルだがとても品が良い。長身でファッションモデルかと見紛うようなスタイルの良さが遠くからも目を引いた。美しい男だと思った。



「早かったのね、お待たせしてごめんなさい!」


「いえ、僕も今来たところです」


以前会った時もこんな風なやり取りをした覚えがあった。この人はきっと誰と待ち合わせても決して人を待たせないのだろう。繊細で気を遣う性分なのだなと、その時のことを思い出した。


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アペリティフはスパークリングワインで乾杯した。私はシャンパンを勧めたが、ユウジくんは値ごろの泡を選んだ。折角イタリアンに来たんだから、イタリアのカジュアルなものを飲んでみたいと言ったが、私に遠慮しているのは明白だった。

ユウジくんはどこまでも控えめで、こちらの方が無理を言って時間を作ってもらったのに逆に気を遣わせてしまっている。でもそれは彼にとっては自然な事のようで、話す相手の気を和ませる不思議な雰囲気があった。柔らかな物腰に、今の不安な心とは裏腹に私はすっかりリラックスさせてもらえた。


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「本当に美味しいですね。こんなに美味しい食事は初めてです。こんな素敵なお店、僕なんて縁がないですから」


「そんなことはないでしょうけれど。気に入ってもらえてよかったわ。今度は彼女と来るといいわよ」

そう言ってユウジくんに2杯目の赤ワインを勧めた。




「ユウジくん彼女は?いるんでしょ?」

「あ、いえ、今はいません」

「そうなんだ。もったいないわね。こんなに素敵なのに」


ユウジくんはとても色白で背が高く、少し北欧の血が入っていると聞いた事がある。目の色もグレーがかっていて透き通るクリスタルのようだ。見つめられると不謹慎にもドキドキした。

スパークリングと赤ワインでほろ酔いになったユウジくんは耳を真っ赤にして恥ずかしそうに微笑んだ。


メインの肉料理に舌鼓を打ちながら、そろそろ本題へ移る時だと覚悟を決めた。


「ねえユウジくん。私はせっかちな性格でとても恥ずかしいんだけれど…」



「お聴きになりたい事は何となく想像がつきます。彼の、…そのつまり、トキオの女性関係…ですね?」


「あ…。ええ、そうなの。その通りよ。さすがユウジくんね。察しがいいわ」


「トキオに早紀さん以外の女性はいません。これは断言できます」


「え…、そんなことはないはずよ。トキオに言われたの。ずっと思い続けている人がいるって。だから、一体どんな人なのかどうしても知りたくて。バカでしょ、私。気持ちが離れてしまった相手にこんな風に執着しても惨めになるだけなのにね」


「そんな事ないです。早紀さんの気持ちは痛いほどわかります。僕にもその覚えがありますから…」


「まあ、そうなんだ。悲しいことを思い出させてしまったわね。きっとその人、今は酷く後悔しているはずよ」


「いえ、そんな事はないです。僕なんて誰も幸せにはできないですから…」


気のせいか、ユウジくんの瞳が潤んでいるように見える。ワインが回って充血しているのか? いやそうじゃない。彼は少し、泣いているように見えた。



こんな風にトキオ以外の男と二人きりの時間を過ごすことにほんの少しの後ろめたさを感じながらも、もう少し深くユウジくん自身のことを聞いてみたい気持ちに駆られた。

テーブルのキャンドルの揺れる光をじっと見つめるその瞳は、なにかもの言いたげで、誰にも見せない心の裏側をひた隠すような憂いに満ちていた。


「ユウジくん、あなた…」


「早紀さん、僕の話を聴いてもらえますか?」


ゆっくりと視線を持ち上げ、真っ直ぐに見つめるガラスの瞳の中に、何か思いもよらぬ強い決意を感じた。その話を聴いていいものかどうか、一瞬ためらう私がいた。


お店には低くピアノの音色が流れている。私の好きなビル・エヴァンスだ。それはいつもの耳に馴染んだ響きで、不穏に揺れる私の心を優しくなだめてくれるように歌っていた。



ーーー続くーーー


vol.3はこちら↓



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