岩戸開き

 アマリには人の頭の上に岩が見える。はじめは、自分の頭の上に見えた。頭のてっぺんの、少し上。人間ひとりひとりがでっかい隕石を頭上に浮かばせているように見える。といっても、岩のサイズには意味がないように思えた。アマリが見ている岩は物質様であるものの明らかに物質でなく、物質次元の知覚に拠らないのなら、大きさという概念に意味がなくなると理解していたからだ。また、各々の形や色に違いを見出すよりはどれもが象徴としての「岩」を表すと感じていた。
 物質でないこの岩が重たいということはない。しかしこれは「栓」のようだと気がついていた。さながら、岩戸と言ったところだ。栓であるならば何を塞いでいるのだろう。向こう側に何があるのだろう。アマリは自分という存在を肉体の輪郭で捉えることはしない。岩は、物理的な体の境界に見えるもののもっと先を示す何かをSEALしていると直観的にわかった。

 この世界がくっきりと確かに存在し、ほかの者たちと自分とは別々の個人である――そんな「地球体験の基本」とそれまで信じていたものがすっかり錯覚だったと身にしみてからのある日、アマリは自分の頭上の岩が消えるのを目撃した。あっけないくらいだった。音もなく、振動もなく、元々そこに何もなかったかのようだ。
 岩戸が開いた、あるいは栓が抜けたということか。
 それによって岩の「向こう側」も確かめられた。というより、向こうとは何なのかが有無を言わさずわかったときに岩が消えたのだ。

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