子育てが大変なのは、時間と体力が削られるからだけじゃなかった
寝た、と久しぶりに感じるのは夫と子どもが帰省しているからだ。
この帰省には一悶着あったのだけれど、会いたいと言ってくれている義両親を悲しませても、多少の波風を立ててもひとり休む時間をもらってよかったと思う。
久しぶりにクリアな頭で色々な文章を読んでいると、つるつると脳内で情報がつながり、今まで出てこなかった発想が浮かんでくる。
どうして子育てが大変なのか、私は
・拘束時間が長く、自分の時間がとれないから
・体力を消耗するから
だと考えていた。
しかし、もしかして
無意識のうちに、真摯に、誠実に子どもと向き合おうと自分を全開にしていて、かつ常に自分をジャッジしているから
ではないかと思い始めた。
なんというか、子どもに嘘は通用しない。
と、意識的に思っているわけではないが、日々成長する息子の尊さに触れていると、とても適当には接することはできない。
四六時中気が張ってるというほどではないが、彼の力になれるようずっと考えている。
おそらく無意識に。
まだ言語コミュニケーションが未熟なので、子どもが何を感じ伝えようとしているか、受容できるよう自分を全開にしている。
なにかを返すときも、なるべく誠実で、良いものを返せるようにと思っている、と思う。
ということは一挙手一投足にそれなりに神経を渡らせているということだ。
そして、ちゃんと彼の役に立てているかを自らジャッジしている。
時に反省することも多く、そういう時は落ち込む。未熟な人間なので、そんなこともある。
その一方で、勉強もしている。
本を読んだり、情報を得たり、自分の中で経験を積んで見直したり。
小さな改善をたくさん日々まわしている。
いやぁ、そりゃ疲れるよね。よくやってんじゃん自分。
よくやってると思うよ。
時間が拘束されることは、効率化や、誰かに預けること、自分の時間をもらうことである程度解決できる。
体力的な問題は、実は解決が難しいんだけれど、よく休息をとるとか、多少は運動するとかで改善はできるだろう。
でもこういう精神的な疲れは、慣れるまではしょうがない。
新入社員が新入社員というだけで疲れるようなものだ。
子どもはどんどん変わるから、その都度対応も変わって、本質的に慣れることなんてないのかもしれない。けれど、私も子どもも成長するぶん、今よりはマシになっていくだろう。
たぶん。
効率化や休息だけではどうにもならない部分もあるんじゃないかと気づいたら、少し気が楽になった。
今日は東京都美術館に行くのが楽しみだ。
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