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韓国 ドラマに敗れた尹大統領と与党

韓国総選挙は、事前に伝えられていたとおり「共に民主党」を中心とした進歩系野党が圧勝し、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領を支える保守系与党「国民の力」は大敗を喫しました。

今回、私もソウルに行って選挙戦の現場を見て、多くの韓国人に話を聴き、このnoteはじめ複数の記事やテレビでの解説をしました。
ですが、この結果を明快に総括するにはまだ時間がかかると感じています。

現時点で私なりに言えることは、尹大統領にしてみれば「勝負に勝って試合に負けた」ならぬ「政策で勝ってドラマに負けた」という心境ではないかと…


文在寅前大統領ができなかったことをやってきた尹大統領

アメリカの中間選挙と同様、韓国の総選挙も時の政権に対する「中間評価」という色合いが濃く、どうしても政権・与党が守勢にまわることになりがちです。
とりわけ今回の総選挙で「共に民主党」などは尹政権に対する「審判論」を全面展開し、不人気の尹大統領に鉄槌を下そうと気勢を上げていました。
その審判論は、しかし、尹政権の政策に対するものというより尹錫悦氏の政治スタイル、キャラクター、態度、といったものに対するものでした。

前回の記事でも書いたように、俯瞰的にみて尹大統領に大きな失政はないように思えるからです。

むしろ、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が「やろうとしたけど、できなかった」政策を、尹大統領は実現してきたと評価することができます。

主なものとしては…

▼大統領府を青瓦台から別の場所に移転し、青瓦台は一般に開放する
▼徴用工訴訟をめぐる問題で日本企業に実害が出ない解決策を編み出す
▼地方の医者不足に対応するため大学医学部の定員を増やす

2番目の徴用工訴訟の件は意外に思われる方もいるかもしれませんが、実は文在寅政権も日本企業に賠償責任ありとした韓国大法院(最高裁)の判断には問題があると認識はしていました。このため、日本企業の資産の差し押さえ・売却を回避する解決策をつくるための特別チームを編成したのですが、結局、「無理」と投げ出してしまったのです。

3番目の医学部定員増加は、尹政権と医療界の全面対決が続いていて、まだ尹政権が実現したとはいえないのですが、いずれ着地点が見えてくると思われます。

つまり、尹大統領からすると「俺は政策の実行力で明らかに前の政権に勝っているのに、なぜ総選挙という試合で大敗するのだ」と憤懣やるかたなし、だと推察します。

ただ、私はどうしても日韓関係を劇的に改善させたリーダーシップを評価する立場から採点が甘めになりがちかもしれません。
バランスをとるために、今回の現地取材と昨夜(10日)のテレビ番組(BS11の「報道ライブ インサイドOUT」でご一緒したソウル在住のジャーナリスト・徐台教さんの記事もご紹介します。彼は政策の内容面で尹政権を厳しく評価しています。お時間があれば、ぜひご一読を。

「演出家」不在の尹政権 曺国ドラマに粉砕される

以前もお伝えしたように、今回の総選挙、当初は「共に民主党」における公認候補選びで李在明(イ・ジェミョン)代表の露骨な「お友だち」優遇に同党の支持者たちが呆れ、支持率は急落しました。このままでは与党「国民の力」が大勝か…と思われたそのとき、颯爽と舞台に上がったのが曺国(チョ・グク)氏でした。

検事総長・尹錫悦氏に率いられた検察によって強引な取り調べを受け、家族をメチャメチャにされた(と本人は考える)曺国氏が、復讐に燃えて新党を結成。しかも党の名前「祖国革新党」はハングルで表記すると「曺国革新党」と同じという話題性。
韓国の政治ドラマを地でゆく展開。

しかも彼は「比例は『祖国革新党』に、選挙区は『共に民主党』に」と連呼することで見事な助け舟を李在明氏に出し、「共に民主党」は息を吹き返しました。これまたドラマチック、視聴率爆上がりです。
誰か脚本家・演出家がいたのかと思うほど。

対照的に、尹政権には演出家が不在のまま2年が過ぎました。
「政権内に演出家なんているはずないでしょ」と思われるかもしれませんが、前の文在寅政権には、卓賢民(タク・ヒョンミン)儀典秘書官という人物がいました。彼は文字通り敏腕演出家としかいいようがないほど、「親しみやすい庶民派大統領」という文在寅氏のイメージを醸成することに成功。
ときにはBTSも動員してみせました。

卓賢民氏をめぐって、保守派陣営は「わざとらしい」「過剰だ」とそのプロデューサーぶりを毛嫌いしました。「政治は内容が大事だろ」と。

しかし、今回の総選挙の結果をみると、保守派が大きな読み違いをしていたのは明らかです。
文在寅政権の5年間で、韓国の有権者たちにとっては「フレンドリーに国民とコミュニケーションをとる大統領」がスタンダードとなり、尹大統領のように「正しいと思ったら世論の反対を押し切って一直線にやる遂げる」というストロングマンは拒否されるようになっていたのです。

韓国だけでない「政治はドラマ」

ドラマ大国の韓国特有だな…と思われるかもしれませんが、そうではありません。かつて日本で小泉純一郎首相が郵政民営化というワンイシューを掲げて選挙で圧勝してみせたのも、劇場型選挙と評されました。

古くは、ケネディ(民主党)とニクソン(共和党)が対決した1960年のアメリカ大統領選挙。

https://www.cla.purdue.edu/academic/history/debate/kennedynixon/publichistory.html

テレビ討論で、病み上がりのニクソンはしわが目立つスーツとネクタイ、しかも出演用のメイクを拒んだために無精ひげが目立ちました。
対照的に溌溂とした容姿・振舞い、メイクもバッチリのケネディに完敗を喫する結果となりました。

興味深いのは、このとき、テレビではなくラジオで両者の主張を聴いていた人々のマジョリティは「ニクソンのほうが優れている」と判断したとされること。政策ビジョンの内容もさることながら、それ以上に見た目が大事ということをニクソン陣営は理解していなかったのです。

話を韓国に戻すと、尹大統領は今回の総選挙における与党大敗を謙虚に受け止め、検事時代の猪突猛進スタイルを改めるときにきたといえます。国民や野党の意見にも耳を貸す姿勢を打ち出さないと、政権のレイムダック化が一気に進みそうな雲行きです。
まずは優れた演出家を政権に迎え入れることが出発点でしょうか。


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