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「望まぬナイフ」と「額縁」への妄想 ーー Ado『アタシは問題作』感想

2023年2月20日に配信リリースされたAdoさんの新曲
『アタシは問題作』
楽曲提供:ピノキオピーさん
動画作成:えいりな刃物さん

軽快かつ聴いてて痛快な曲調に、高低差だらけのジェットコースターみたいなメロディと、Adoちゃん自身の境遇が重なる歌詞が乗っかったこの歌。
もう暇さえあればの勢いで曲を聴き動画を観て、とハマり倒しております。


本作の発表に合わせてAdoちゃんとピノキオピーさんの対談動画がアップされたんですが、その中でピノキオピーさんは

・『うっせぇわ』『踊』『私は最強』などで聴けるAdoさんの歌声の力強さ
・Adoさんご本人のTwitterなどで垣間見える謙虚な人柄

そんな相反する様子を、歌で表現したかったということを語っています。

対するAdoちゃんも聴いた感想として「自分のことを分かってもらえている、と感激した」と言っているのですが。
それが嫌味でもなんでもなく素直に響くのは、実際に聴いてみると(失礼を承知で言いますが)「謙虚」よりもむしろ「陰キャ」のほうがハマる表現が歌詞に散りばめられているからだと思えます。


才能も環境も含めた、Adoちゃんに対する理解度すさまじい歌を創られたピノキオピーさん。
提供された曲世界をとことん自分なりに解釈して歌い上げたAdoちゃん。
そして曲に対する解像度の高いえいりな刃物さんの動画。

三者三様の能力が相乗効果でもって、とんでもなく破壊力抜群かつ中毒性の高い一曲に仕上がってる。なんて幸せなコラボなのか。


そんな感じで繰り返し聴くうちに、ふと感じたことや自分なりの解釈などを留めておこうと思い立ち、この記事を書くことにしました。




1.重なってしまった『レディメイド』

望まぬナイフ 握ってただけ
But だんだん オキニで変な気分だぜ

1番サビとラスサビで登場する上記のフレーズですが、動画だとこの部分に唐突に野球用バットが登場します。
「But」と「bat」のダジャレという意見をYouTubeのコメント欄で見かけましたが、でも私はどうしても違う連想をしてしまうのですよ。


1番サビではバットでひどい目に遭うだけですが、ラスサビの同じ部分ではバットをちゃんと構えたかと思うと、そのまま勢いよく特大ホームランをぶっ放します。

そうです「ラスサビで特大ホームラン」と言えば、思い浮かべずにいられないのがこの歌です。

メジャーデビュー2曲目『レディメイド』。
わびしく燻っている自分とその境遇への諦めから脱却して、バッターボックスに立ち驚異的なホームランをぶちかます。
最後の大爆発まで含めて、爽快な映像作品になっているMVです。

『アタシは問題作』ラスサビの「But だんだん オキニで変な気分だぜ」の部分まるまるが特大ホームランを打つ映像になっていることで、自分の中でこのフレーズごと『レディメイド』への連想が働いたのです。


それをきっかけに、その前の「望まぬナイフ 握ってただけ」というフレーズがそのまま、メジャーデビュー曲『うっせぇわ』へと繋がりました。

ONE PIECEの映画キャラクター「ウタ」の歌唱を担当するまで、間違いなく「歌い手:Ado」の代表曲として世間一般に認知されていただろう歌です。


『うっせぇわ』という歌自体は、閉塞感に風穴を開ける威力を持った素晴らしい歌なのは間違いありません。
ただ、センセーショナルなこの歌とともに急激に存在が知れ渡り、結果的に様々な方面からの毀誉褒貶を一身に受けることになったのは事実でしょう。

当時17歳の少女が、この挑発的な歌詞を力強く歌い上げることに対する、見当外れな批判や中傷もあったものと想像します。上から目線な「アンタちょっと問題がある。」のように。


『うっせぇわ』の歌に罪はないことが大前提で。
『アタシは問題作』の歌詞に登場する「望まぬナイフ」は、『うっせぇわ』を通して世間が勝手にAdoちゃんに対して抱いたパブリックイメージだと考えるのが、自分の中でしっくりきてしまいました。
1番サビの同じ部分で『うっせぇわ』のMVと同じように、額を撃ち抜かれそうになっているカットがあるのも納得できます。

そんなふうに考えると、ラスサビでの「But だんだん オキニで変な気分だぜ」のフレーズと、その部分に合わせた特大ホームランが痛快にも見えてくるのです。
批判があった一方で多くの称賛もあり、『レディメイド』以降の楽曲や大活躍へと駆け出すきっかけになったのですから。


そんな私の妄想はさておき。
「望まぬナイフ〜」のくだりは1番サビとラスサビで同じフレーズではありますが、その前に置いた言葉のチョイスと2番サビ&落ちサビを含む展開から、ピノキオピーさんの言語感覚すごいなあと思わずにいられないのでちょっと引用します。

「アンタちょっと問題がある。」
「アンタちょっと問題がある。」
ウケんね ウケんね ピュアすぎじゃん キュート

1番サビ(面と向かって言われて嘲笑)

「さよなら、もうバイバイ。」
「さよなら、もうバイバイ。」
そうですか そうですか しゃあない十人十色

2番サビ(去っていく人を肯定)

アタシは問題作?
アタシは問題作?
はいオッケー はいオッケー 想定通り…じゃないです!

落ちサビ(自問からの本音の吐露)

1番サビに対して「嘲笑」という表現を使いましたが、そこから続く2番で「握手しようぜ! いや 調子のってないです…」というこっちが共感性羞恥煽られちゃうフレーズもありで、問題作ちゃん(←本作のMVに登場する女の子)絶対「ピュアすぎじゃん」なんて嘲笑できるタイプじゃないでしょ……なんて考えちゃうんです。

そういう歌詞の展開を理解した上でAdoちゃんの「自分のことを分かってもらえている」という感想を耳にした以上、Adoちゃん自身のこれまでの道のりを重ねずにはいられないのです。
たとえ「ピュアすぎじゃんキュート」とせせら笑われようとも。

問題作ちゃんの歌世界を声で表現するAdoちゃんも、映像を作成されたえいりな刃物さんの解釈も素晴らしい。何度でも胸打たれてしまいます。




2.額縁の解釈とその外側

曲の冒頭にテレビ画面をパンチで破壊した後は、ずっと豪奢な額縁の中で映像が進みますね。
これ、Adoちゃんが歌い手としてインターネット上で活動していたことをきっかけに表舞台に出てきた過程をそのまま表しているのかな、と思ってます。

顔を出すことを強いられるテレビに出演して成功を目指すって、歌の才能とは直接関係がないはずの外見をも評価の俎上に載せられたり、個人情報や過去を暴かれるのを覚悟することでもある。
それを本人が望まずとも、許容せざるを得ない現状がある。
(個人的には「有名税」なんて価値観は滅びろと思いますが)

そんなオールドメディアを初っ端からぶっ壊して、以降ずっと額縁の中で繰り広げられる曲世界はそのまま、Adoちゃんが顔を出さず活動してきたこれまでを表現しているのかなと。



しかし歌声ひとつで勝負できる土俵であることは、自身のプロモーションにおいて不都合な要素は公開しなくても良いことと同義でもあります。
(飾り立てられた額縁は、皮肉にもそんなことまで表現してしまっているようです)

それがアンチにとって、攻撃の材料になってしまう場合もあります。
特に2022年の年末、いくつもの長時間音楽番組にONE PIECEの映画キャラクター「ウタ」として出演することが続いた時は「姿を見せず録音した歌を流すだけなのは、生歌だと化けの皮が剥がれるから」という類の誹謗中傷がひどかった。


そういったことへの憤りもあり。
『アタシは問題作』のラスト、
額縁のない真っ白な世界で、暗いシルエットめいた姿でひとこと呟かれる「あんたはどうだい?」が、浴びせられる中傷へのカウンターパンチに思えてならないのです。


テレビ画面でもなく額縁の内側でもない、真っ白でフラットな世界なのは、曲の冒頭「そうでもないよ…」と同じ環境ですね。

しかし冒頭はシルエットではない。
そしてすぐさま額縁が登場して「ちょ 待ってよ なんで? 過大評価です」へと続くあたり、一連の流れが地続きの本音とも解釈できます。


額縁の内側で繰り広げられる世界なら、どんなに不本意でも悔しさを押し殺さないといけない場面もあるものと想像します。
チラ見で語る評論に好き勝手言いやがってと憤りつつ「でも ありがとうございます…!」と引きつった笑顔を見せもするでしょう。
とことん傷つけばいいとばかりにアンチから投げつけられる誹謗中傷に対して「期待に添えずサーセン♡」と返す強さを示したりもするでしょう。


でも最後の「あんたはどうだい?」は、それら額縁の内側で取るべき態度は関係がない。
敢えて露悪的な言い方をしますが、額縁を取っ払うのは、評価の俎上に載せられる商品であることを止め「そうでもないよ…」な自分に戻ることだと思うのです。そこは安全圏から中傷するだけの輩と同じ世界。

だからこそ、この「あんたはどうだい?」は、インターネットという開かれた匿名空間で他人を口汚く罵る、そんな行為の醜さを顧みることもできない凡愚に対する問いのように響くのです。




余談ですが、Adoちゃんと会社側も流石に思うところがあったのか(真相は不明ですが)。
2022年12月31日、Adoちゃんの公式YouTubeチャンネルで、ライブ映像が初公開されました。

誕生日を迎える前なので、この時は19歳。
そしてこの『踊』、アンコールの一番最後、この日の24曲目に披露したパフォーマンスとのことです。末恐ろしい。「今宵は暗転パーティー」の高音の美しさ!




以上です。
書いてるうちに長くなってしまった…。

この歌に対してこういう感想を抱いたのは、私がプロレス好きだからというのも関係しているかもしれません。用意されたキャラクターと生身の自分自身のはざま、といった見方にだいぶ寄っている気がする。

たくさんの才能が交わり、素晴らしい一曲が生まれたことに感謝しかない。
私の中でもうすでに、2023年を振り返るうえで欠かせない歌であること間違いなしです。




※Adoちゃんを好きになったきっかけについて書いた記事はこちら↓

この頃『踊』好きじゃなかったんだな自分、って読み返してびっくりした。今では『レディメイド』と並んで大好きな歌よ。