「昔関係を持った人からの『久しぶり!元気?』ほど面倒なものはないよね」
「最近、あの人とは連絡を取ってないの?」
「うん」
よく晴れた日。車内。
母とのドライブで急にそう聞かれた。
私は25歳の社会人だ。実家で暮らしている。
大事に大事に愛されて育てられてきたのかもしれない。
出かける時は、どこに行くのか、誰と会うのか、何をするのかを伝えてから。
「ちょっと出かけてくる」なんて玄関のドアを開けようものなら、「どこ行くの?何してくるの?」なんて聞かれるに決まっている。
だから、異性とデートするときは、出かける前に親にバレるのである。
付き合う前のデートから、恋人になり、別れるまで、どこで何をするのか把握されてしまう。
デート服にアドバイスだってしてくる。
帰ってきた時に、「どうだった?」とはあまり聞かれないが、2回目、3回目も会うとなれば、うまくいってるのだろうと推測しているようだ。
* * * * * * * * * *
彼とは仕事を通じて知り合った。
5歳年上で、健康的な肌、大きな目。
背はあまり高くないけれど、愛想が良くて、誰からも好かれるタイプ。
私たちはセフレになった。
告白された。正直嬉しかった。
彼は結婚適齢期だったから、もし、順調に付き合えたら、何年後かにはプロポーズされると思った。
でも、彼との結婚生活は想像ができなかったのである。
彼は女ったらしだった。浮気をしたことがあると言っていた。
彼は私より頭が悪かった。LINEをしてると誤字脱字が気になってしまう。
何よりも、彼は、農家の長男だった。
後継者不足により、農家の数は年々減ってきているが、彼は間違いなく「跡継ぎ」となる人だった。
仕事で得た知識で、彼の家の収入状況や一年間のスケジュールが分かってしまった。
農家には土日がない。ゴールデンウィークもお盆休みも年末年始もない。
農業が盛んなこの地域は、繁忙期になると、家族総出で、何なら近所の人にも手伝ってもらわないといけない。
つまり「農家の嫁」として生きていく覚悟が、プロポーズされる前から、私にはなかったのである。
学生同士だったならまだ良かったのかもしれない。
でも、社会人になると、どうしても「結婚」がちらついて、付き合うのその先を考えてしまう。
この人と結婚するのは無理だ。
第六感なのかは分からないが、私の頭が警鐘を鳴らした。
「ごめんなさい。お付き合いはできません。」
そう言ったのに。いや、そう言ったから。
セフレとしての関係が始まった。
この関係が始まったら、彼は私のことを好きだと言わなくなった。
カップルみたいにデートをして、セックスをする。でも付き合ってはいない。愛の言葉はない。
そんな関係を続けつつ、お互い恋人になる人を同時進行で探していたのである。
気になる人ができたら相談をしていたし、どちらかに恋人ができたら、潔く身を引く。それが私たちのルールだった。
「彼女ができました」
先に恋人ができたのは彼だった。
緑のクマみたいなキャラクターがウインクをしながら「グッ!」っと言っているスタンプを添えて。
グッ!じゃねーよ。だいたいその人誰よ。私には何の相談もなかったじゃない。先週私の誕生日をお祝いしてくれたじゃん。誕生日デートめちゃくちゃ楽しかったのに。付き合うってことはその前に何回か2人で会ってる訳だよね?私への誕生日デートの裏でその人と会ってたってこと?先週も先々週も私と会ってたけど、どのタイミングでその人と会ってたの?私たちは土曜に会ってたから、その人とは日曜?というか誰よ、誰なのよ。せめて相談はしてほしかった。前の人のときは私にめちゃくちゃ相談してきたくせに。何なん。腹立つ。
体感コンマ1秒でそんな感想が一気に駆け巡ったが、「潔く身を引く」のルールのもと、私は「そうなんだ。良かったね。今までありがとう。お幸せに。」とスマートに返信した。
私たちの1年8ヶ月が終わった。
* * * * * * * * * *
急に彼と会わなくなったから、母は何かを察したようだが、何も聞いてこなかった。
私も特段母に言わなかった。
* * * * * * * * * *
彼との関係が終了してから2ヶ月。
仕事で関わるので、顔を合わせることはあったが、プライベートな話はしなかったし、LINEを送るのも避けていた。というより、話す内容がなかったのである。
ところが、彼からのLINEが届くようになった。
どうやら彼女とうまくいっていないらしい。
「相談したいから会おうよ」と言われた。
そんなこと言われても知らないよ。だってその人のこと、私何にも知らないもん。というか、相談ならLINEでできるじゃん。わざわざ会う意味なんてある?私のことワンチャン狙ってる?だから女ったらしって言われるのよ。
今回はそんなことを考え、彼にもなんとなくそのことを伝えた。
でも彼からの返事は「会いたいから会う!」という非常に自己中心的なものだった。
余計にイラついた。
「急に彼女作ってさよならして、うまく行かないからって戻ってくるの都合良すぎじゃない?」
私の怒りが伝わったのだろうか。彼が動揺している。
「ごめんなさいは?」「ごめんなさい」「じゃあね」
仕事で会うくせに、じゃあねとさよならを告げた。
LINEをブロックしたかったが、仕事で連絡を取ることがあるから、ブロックができない。あぁ、面倒くさい。
そのあと、改めて謝罪と彼女とは別れようと思っている旨のLINEがきた。
もう彼には興味ない。私には関係ない。
そっけなくLINEを返したら、私と付き合いたいと言ってきた。
目が点である。
どうしてそんなに女を取っ替え引っ替えするのか。
彼に恋人ができた日から、彼への想いは冷めていた。
全く嬉しくなかった。
付き合う気はないとハッキリと断った。
* * * * * * * * * *
3ヶ月後。
私の異動が決まった。彼と仕事で関わることがなくなる。
もうLINEをする必要もないのである。
ただ、私がLINEをブロックして、彼が私の部署の人たちにその事を言いふらされると困るので、ブロックはしないことにした。
それまでも何回かLINEは来ていたが、そっけなく返していた。
部署異動をしてから、1ヶ月半おきに「久しぶり!元気?」のLINEが届く。
彼とのLINEが億劫で、通知をオフにした。ブロックはしていない。
私はまたしてもそっけなく返す。
私に彼氏ができたかを探っているようだ。
今のところ私に彼氏はいない。でも、彼氏ができたと嘘をつこうか迷っている。そうすれば、彼との面倒なやりとりはなくなるだろうか。
* * * * * * * * * *
「昔関係を持った人からの『久しぶり!元気?』ほど面倒なものはないよね」
「そうなんだ」
…そうなんだ?
あれだけ私にデート服のアドバイスをしてきた母がなぜ共感をしない?
父と付き合う前の元彼の話は、詳しくではないが聞いたことがあった。
だから、共感されると思ってたのに。
すぐに分かった。
母たちの時代に、LINEは存在しなかった。
こんな気軽にやりとりはしていなかった。
セフレという言葉は割と新しい言葉だと記憶している。
母の時代から、セフレの関係はあったのかもしれないが、今ほどオープンではなかっただろう。
時代とともに相手との距離感がだんだんとバグってきているのかもしれない。
この面倒くささを知らない母の時代の人たちを少しだけ羨ましく思いながら、でも彼氏ができたらLINEはたくさんしたいから、今の時代に生まれて良かったなんて思う私も、都合が良すぎるだろうか。
そして、彼からの「久しぶり!元気?」のLINEが届くたび、私はため息をつく。
あぁ、面倒くさい。と思いながらそっけなくLINEを返して。
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