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オータムインのピスキウム ~プロロ―グ~6

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 一旦家に戻り、だらだらとテレビを見て時間をつぶしたピスキウムは、夜の相棒に青色のダッフルコートを選び、約束の時間より少し早めに〈フレッシュ・ダイナー〉へ向かった。

 夜のライトストリートはもちろん、中央広場もひとけが殆どなかった。広場の中心にある噴水の周りでたむろしている数人の若者達の話し声と、虫の鳴き声以外にピスキウムの耳に入ってくる音はなかった。

 彼女は、若者達にかるく挨拶をしてその脇を通りすぎた。広場を反時計回りに進み、アッパーストリートの方へ向かった。

 中央広場とアッパーストリートの境目で、〈フレッシュ・ダイナー〉のネオンが場違いなほど明るく光を放っていた。彼女はあまりの眩しさに目を細めた。店内にダニーの姿はまだなかった。

「まぶしい。目が痛い。フレッシュダイナーというよりもフラッシュダイナーだね」

「独り言の癖、みっともないから直したほうが良いぞ」

 突然後ろから声をかけられてびっくりした彼女は、すばやく振り返りながら、後方に2メートル跳んだ。そこには、私服のダニーが手をポケットに突っ込んで立っていた。

「もうっ、ほんと最悪……ん?」

 ピスキウムは、ダニー以外にも誰かが立っていることに気がついた。パムとトーマスだった。

 パムはモグラ人の女性。小柄で歳よりも幼く見られる事が多い。分厚いメガネ、薄手のワンピース、ひらひらとしたスカート。黒と白のロングソックス。頭には大きな黄色いリボンをつけている。この既設なのに寒さを感じていないようだ。

 トーマスはイヌ人の男性。隣街にある高校――ピスキウムが通っていた――の制服を着ている。シャツはズボンの中に入れ、ネクタイはきっちりと首元で締めている。身長は4人の中で一番高い。

 パム、トーマス共に、ピスキウムとダニーと同じ歳。4人は当時、ニュータウンにあった保育園からの付き合いだ。

「あいかわらずだね。びっくりすると飛ぶの。ひひひ」パムが意地の悪い笑いを向けた。

「後ろから急に声をかけられたらびっくりするのは無理ないと思うけど」トーマスはピスキウムを心配げに見た。「大丈夫かいピスキウム」

「あ、うん。大丈夫。万事オッケー、世はすべて事もなしって感じ」

 ピスキウムはそっぽを向いていった。手がその長い耳をいじっていた。

「あー、2人とも久しぶりじゃん。えっと……元気してた?」

「わたし? 私はもちろんバッチグーだよ! 最近はアイドル業も軌道に乗ってきてねえ。3日前のライブなんて……」

「おい、話は店の中でしようぜ。俺は腹が減って仕方がねえんだ」

 ダニーは、パムのトークを遮り〈フレッシュ・ダイナー〉の入り口へ向かった。ピスキウムの脇を通りすぎる時、小声で「ちゃんと来ただろ?」といった。

 ピスキウムは、店のドアを開けるダニーを見て、後からついてくる2人を見て、自分も入り口へ向かった。

 店内は外のネオンと同じぐらい明るかった。タイル張りの床は、ワックスで磨かれたようにピカピカで、蛍光灯の光を鈍く反射させていた。カウンターの向こうに隠れているキッチンからは、揚げ物の香ばしい香りが染み出してくる。

 夜遅いというのに、カウンターとテーブル席の7割ほどが埋まっている。秋の夜の寂しさを紛らわせたい人、暇なので時間を潰したい人、様々な人が集まるのが〈フレッシュ・ダイナー〉だった。

 4人は、窓際のテーブル席に陣取った。ダニーが早速店員を呼んだ。マルゲリータピザとナポリタンスパゲティとフライドポテトとフィッシュアンドチップスとごぼうサラダとマフィン、それにドリンクバーを注文した。

「もう遅いかもしれないけど、こんなに注文して全部食べれるの?」

「これぐらいなら大丈夫だろ」とダニー。

「僕はもう食べてきたから軽くつまむぐらいにしておくよ」とトーマス。

 ピスキウムは静かにりんごジュースを一口飲んで、ふぅと小さく息を漏らした。ダニーとトーマスも静かに――ダニーは腹が減っているせいか少々苛立ちげに――各々が入れてきた飲み物を飲んでいた。

「ところで、パムはなにしてんだ?」と、ダニーがドリンクエリアの方を見ていった。

 ピスキウムとダニエルがつられてそちらを見た。

「あれじゃん、例の儀式。まだやってんだあれ」

 パムは、ドリンクバーの前で、あーでもないこーでもないとブツブツ言いながら、ドリンクボタンを押そうとしては止めを繰り返していた。

「ま、いいわ。ちょっとトイレ」

 ダニーは店の奥にあるトイレへ向かった。残されたピスキウムとトーマスは、顔を見合わせた。先に口を開いたのはピスキウムだった。

「あー……あのさ、最近どう?」

「え? うん、まあ、なんというか……普通だよ。普通に高校生してるよ」

「普通に高校生ねえ。あたしにはもう想像もできないや。……普通かあ」

 ピスキウムは窓の外に目をやり、普通という言葉を噛みしめるように復唱した。

「あ、別に学校に行くのが普通とか行かないのが普通じゃないとかそういうことを言いたいわけじゃなくて……えっと……ごめん」

 トーマスの声は段々と小さくなっていき、終いにはうつむいて黙った。

「いや、わかってるよ。大丈夫。別に気にしてないから。まじで」

「ああ、うん……」

 微妙な空気が流れ、沈黙がテーブルを支配しようとしたその時、パムが真っ黒な液体が入ったグラスを手に、ウッキウキな足取りで戻ってきた。そしてピスキウムの隣に座った。

「なになに? なんか暗くない? せっかくの食事会だよ。もっとパーッと行こうよ! わたしの話とかする? しちゃう?」

「今はしない」ピスキウムはめんどくさそうな顔をした。

「あっ、そう。まあいいや。それよりもダニーも強引だよねー。駅で久しぶりに見かけたなって思ったら『おい、飯行くぞ。ピスキウムも一緒だ』だもんね」

「君の方はそんな感じだったんだ」トーマスがパムに向けて苦笑いをした。そして、ピスキウムの方を向いた。先程暗い雰囲気はなくなっていた。

「僕の場合は、ダニーとパムが僕の家まで来て『飯いくぞ!』だよ。ちょうどその時、晩御飯を食べていたからどうすればいいかわからなかったよ」

「あいつらしいわ」ピスキウムが笑った。

 テーブルの空気が柔らかくなり、ピスキウムの言葉数も少しずつ増え始めたあたりでダニーが戻ってきた。

「お、盛り上がってるじゃねえか。それじゃ、乾杯すっぞ」

 ダニーは自分のグラスを持って3人の顔を見渡した。

「なんで乾杯?」ピスキウムが訊いた。

「久しぶりに4人が集まった記念だ。ほら、グダグダ言ってないでさっさとしろよ」

「はいはい」

 ピスキウムは、パムとトーマスの2人もグラスを持ったのを見て、ため息をついてから皆に倣った。

「みんな持ったな……よし。それじゃ、今日も一日お疲れ!」「お疲れ様」「お疲れー」「おつ」

 簡単な乾杯を済ませ、皆が飲み物を同じタイミングで飲んだ。

「まずっ!」パムが悲鳴を上げた。

「何が入ってんだそれ」デニーが訊いた。

「えっと、コーラとコーヒーとりんごジュースとぶどうジュースと紅茶だったかな」

「馬鹿だ」「馬鹿だ」ピスキウムとデニーが同時にツッコミを入れた。

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