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オータムインのピスキウム ~プロローグ~5

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「それで、おれんところかい」

「ここぐらいしか、時間潰せるところないから」

 ピスキウムはレフトストリートの端の方にある〈ストロングロデオ〉の入り口に1番近いカウンター席に座っていた。

 カウンターの向こうには、モヒカンを金色に染めて鼻ピアスをつけた、牛男がシェイカーを振っていた。顔にはまだ幼さが残っているが、バーテンダーとしての佇まいは、なかなか様になっている。

 「いっとっけど、酒は売らねえからな。ピスキーは未成年だからな」バーテンダーがいった。

「デニーも同い年じゃん」

「関係ねえよ……」デニーと呼ばれたバーテンダーは、シェイカーから赤黒色の液体をグラスに注いでピスキウムの前においた。「ほら、これでも飲んどけ。キャロットジュースをベースにしたノンアルコールカクテルだ。名前は……そうだな黒ウサギなんてどうだ」

 ピスキウムは目を細めてデニーを見た。それから「センキュ」といって、黒ウサギを飲んだ。

「ふぅ、結構なお手前で」と、彼女はいった。

「あ? お手洗いならあっちだぜ」

「美味しいっていったんだよ」

「そうか、それならいいんだ」

 デニーは満足そうにうなずき、自分の仕事――グラス磨き――に戻った。

 ピスキウムは、ちびちびと黒ウサギを飲みながら店の中をさり気なく見渡した。

 右手に入り口があり、そこから縦長に伸びている狭い店。店内は薄暗い。カウンターが店の半分を占領している。スツールに座っているピスキウムの後ろは、人1人がぎりぎり通れるほどの幅しかない。後ろの壁には、古いロッカーやどこかの風景の写真が飾ってある。カウンター席は6つテーブル席は店の奥に1つだけ。デニーの後ろの壁には、様々な種類の酒瓶がぎっしりと置かれている。酒瓶がライトの光が反射して、夜の摩天楼のようだ。入り口の横に置かれている年代物のジュークボックスには、デニーの父のコレクションがぎっしりと詰まっている。今かかっている曲は、西部開拓時代を想像させるカントリーミュージックだ。客は、ピスキウム以外には、一番奥のカウンター席でいびきをかいている御老体だけだった。

「曲、変えていい?」

「ああ、なんでも好きなものにしていいぞ。もちろん無料だ」

 ピスキウムはジュースボックスの前に移動した。ピスキウムはリストを睨んだ後、曲を選んだ。ジュークボックスは数秒無言になってから、静かな悲しい旋律を帯びた曲を歌いだした。

「ふーん、またこれか。好きだよな」

 席に戻ったピスキウムに向かって、デニーはいった。

「だめだった?」

「いや、悪かねえけどよ。辛気くせえなって思って」

 デニーは短く言い残し、店の奥へと向かった。

 ピスキウムは肘をついて、グラスのフチをなでた。中の赤黒色の液体が揺れるのを静かに見ていた。曲がサビに入った。女が理不尽な悲しみを嘆いていた。繊細だが力強い歌声だった。

「……救いようのない歌」

 ピスキウムは、カウンターの上においてあった灰皿を引き寄せた。そして、ジャージの隠しポケットからタバコとマッチを取り出した。青い満月とヒイラギが描かれた箱から一本引き抜き、火をつけて灰皿に置いた。彼女は、そのママ先端から立つ白く細い煙を眺めた。煙は、ゆらりゆらりと不規則なパターンを描いて消えていく。

「でも、あなたはこの曲が好きだったよね」

 ピスキウムは鼻をスンとならした。ヒイラギの香りが彼女の体内に入り込んだ。

 曲が終わった。次の曲は、聴いたことはあるが、曲名は知らないロックだった。そのタイミングで、デニーがサンドイッチをふた切れ乗せた皿を持ってきた。

「小腹がすいたからサンドイッチを作ったんだが食うか?」

「なにサンド?」

「ベーコンレタス」

「食べる」

 デニーは皿をカウンターの上において、サンドイッチの1つをとり、2口で食べきった。ピスキウムもサンドイッチを手に取り、小さな口でかじった。

「あっ、美味しい」ピスキウムのその長い耳がピコンと立った。

「あっ、ってなんだよ。あっ、て」

「いや、デニーが作ったものだし、失敗してると思って」

「ピスキー……。いや、いいわ。ところでよ、今晩、飯でも食いに行かねえか?」

「えっ? それ、デートの誘い? その誘い文句は0点だね」

 ピスキウムは両手に上げて大げさなボディランゲージを作った。

「馬鹿。パムとトーマスも誘うぞ」

「いいね。でも、あの2人くるかな?」

「おれたちの中に、友人の誘いを断るやつはいねえよ」

「だといいけどね。アッチは順調にレールを進んでいる学生。こっち……いや、ドニーは今は働いてるか。……あたしは、順調にレールをはみ出したぼんくら。今でも友達だと思ってくれているか」

「……自分で言ってて悲しくなんねえか?」

「……少しセンチメンタル」ピスキウムは、その長い耳をいじった。

 ドニーはため息をついた。そして、サンドイッチのなくなった皿を手に、店の奥に消えた。今度はすぐに戻ってきた。

「とにかく、俺はパムとトーマスを捕まえて、8時に〈フラッシュ・ダイナー〉に行く。お前もこいよ。最近みんなで飯食ってねえだろ?」

「まあね……」ピスキウムは店の時計を見た。5時だった。「多分行くよ」

「よっしゃ、決まりだ。それじゃ、俺は今から、兄貴のために夜の仕込みをしなきゃいけねえからしばらく裏にいる。時間までここで待ってるか?」ドニーが訊いた。

 ピスキウムは、グラスの残りを飲み干してから席を立った。

「いや、行くよ。色々やらなくちゃいけない事があるし」

「そうか、じゃあ、また後でな」

「じゃあ」

 ピスキウムはドニーに向けて手をヒラッとさせてから店を出た。

「さあて、何しようかねえ。……あたしよ、やらなくちゃいけないことってなにさ」

 ピスキウム中央広場の方へ向かった。外は冷え込み始めていた。

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