「なんで僕に聞くんだろう」と紡がれた言葉は、無責任な読者にも刺さっている
わたしの”ここ”に間違いなく存在したと記録しておくために、書きます。
今日、わたしの貴重なルーティンだった、お気に入りのコンテンツが終了しました。
cakesに連載されていた、写真家 幡野広志さんの【幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。】です。
平たく言うと、読者からのお悩みを幡野さんがお答えするというもの。
タイトルが良いですよね。
わたしも知ってる人でも悩み相談しかもヘビーな内容とかされたら、俄然前のめり…っていうより
相手は何を期待しているのだろう?わたしは期待に応えられるんだろうか?とか内容外のことまで先行するので
知らない人からとなると尚の事「なんでわたしに聞くんや…」ってなる派だと思うけど、その回答者のぐるぐるをスマートに言語化してますよね。
ピリッとしつつもクスッと来ちゃう、これも幡野さんのワードセンスだなぁと感じます。
読みながら、世の中のこと、何も知らないなと恥ずかしく思うこともありました。
お金のことや、社会の仕組みのこと…
それはわたしが、その件で悩んだことがない、調べる必要のなかった人生を送っていたということかもしれません。
でも大人として知っておくべきだよな、と身が引き締まる思いでした。
いつも読んだあとは、ミントを口に含むような爽快感がありました。
相談者でも回答者でもないわたしは、無責任な読者だったからだと思います。
幡野さんの回答は…他の方の感想までは存じませんが、少なくともわたしは、白か黒、赤か青か黄色くらいにははっきりしていたように感じていました。
わたし的に幡野さんの言葉は、正直共感よりも目から鱗の感覚の方が多かったです。
「いやぁないわぁ」じゃなく、「そんなルートが!!」みたいな、道が拓ける感じ。
それも無責任な読者のなせる術かもしれませんが、傾倒とは違います。
新しい思考の枝をもらう感じでした。
幡野さんになりたいわけではないんです。笑
だけど”わたしと違う”も、”わたしと似てる”も、”わたしにこれから含むことができる”、も貴重な感覚で
幡野さんはいつだって北は北、南は南と筋がブレてらっしゃらないので、それが出来ました。
それってすごく大事なことだと思います。
相談内容は全部違うのに。すごい。
今日の最後の記事は、幸せの見つけ方を教わった気がしました。
難解なようでいて、単純
高い壁の向こうのことのようで、手元にあること
なのにか、だからか、すぐ見失う。
前へ前へが美徳とされがちだけど、それが全員にとって幸せかというと違う。
でも貪欲に前へ前へが幸せな人もいる。
見つけた幸せをこのままの形が幸せだ!と決めつけず、時と場合とで柔軟に、形を変えても受け入れられるように。
忘れないようにします。
最高の最終回です。
最後に…相談に回答し続けること、偉そうに言うけど、進んでも止まってもしんどかったんじゃないかと思います。
だから、幡野さんが続けて来れた理由を聞けてよかったです。
締め括るとちゃんとはっきり答えを出して頂きました。
そこはわたしが(勝手に)期待した幡野さん通りでした。嬉しかったです。
ずっと楽しみでずっと大好きだから
少し月曜日に穴が空いて寂しいのも本当です。
でも幡野さんがありがとうと言ってくださったから、わたしも言わせてください。
これまでありがとうございました。
おつかれさまでした。お元気でいてください。
無責任な読者より
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