まるおと私と悪魔の石
まるおは犬みたいな猫です。
投げたぬいぐるみはちゃんと咥えて持ってきます。
チュールと同じテンションで顔面舐めてきます。
羽毛枕ぶち破って、
「あれ、天界から誰かお越し?」ってくらい部屋の演出かましてくれます。
まるおが天に召されたのは2016年、もう7年前のことです。
まるおがなんだか調子悪そう。
朝の慌ただしい身支度の最中、まるおはずっと部屋の隅にうずくまってた。
「まるお、ご飯でっせ」
のそのそと動き始め、咀嚼し始める。
夏バテかね、念の為週末にでも病院行ってくるか。
ある木曜の出来事。
週末まで余裕こいた私を、私は今でも許せない。
かかりつけの医師がいう。
「マルちゃん、尿結石であまり思ったように排尿できてません」
尿結石が尿管に詰まってしまい、少ししか排尿ができず体に毒素が溜まってしまっていた。
血液検査の結果も最悪だった。
なんでや、ご飯はちゃんと食べるし割と走ったりもしてましたやん。
当時は猫を2匹飼っており、トイレの異変に気付けなかった。とてもくやしい。
「今この状態が信じられません。今日が峠でもおかしくないです」
ストレート豪速球をぶん回してくる女医。
私は何も喋れなくなってしまい、ただ立ち尽くしていた。
付き添い人が一生懸命に質問をしてくれてる中、私の頭の中には「どうしよう」という、どうしようもない不安定な絶望だけでいっぱいだった。
「がんばるか、諦めるか」どちらか選べと獣医は言う。
二つの無言と振り下ろされた責任に気圧されながら、私は振り絞るようにしてそれに答えた。
ここから始まる、まるおの過酷な闘病生活。
その日から毎日点滴と利尿剤を打ちに通い、とにかく毒素を体外に排出出来るようにした。
少しは排尿できるようだったので、尿管の石は取り敢えず置いとく。
まずは血液数値を落ち着かせなければならなかった。
ちなみに猫は結石をこよなく愛す生物である。
釈迦も達磨も猫も杓子も、体内で不思議な石ころを精製してしまうわけだが、猫は割と頻繁にこの石ころを造ってしまう。
特段まるおは石が出来やすい子のようで、
レントゲンを撮ると両の腎臓は石っころで真っ白だった。
しかも尿結石には2種類あるのだが、どちらも持ってるとな。
シュウ酸とストルバイトの錬金術師である。
自分の命を対価にするアホがどこにおんねん。
私もこの頃は忙しく仕事をしており、毎日病院に通うのも難しくなってきたので、先生に駄々こねくりまわして自宅で皮下点滴を行う許可も頂いた。
毎朝毎晩、慣れた手つきで躊躇なくわが子の首に針をぶっ刺す。とってもクレイジーである。
だけども、まるおはあまり抵抗しなかった。
むしろ自ら首を差し出す時もあった。
まずい療養飯も文句言わず食べた。
それから1ヶ月。
涙ぐましい努力の甲斐あって、血液検査の数値がだいぶ下がった。
いや、しかもむしろなんと......!!!
尿圧で尿管に詰まっていた結石が無くなっていた!
恐るべし尿圧......!!!
いけ、どこまでも突き抜けろ、尿圧!
水滴石穿というが、尿が石を穿つとは。
でもたぶん、まるおの大いなる努力の賜物です。
しかし、食欲は少なくなっていった。
食べることは体力がいる、ということを初めて知った。
数日後、しばらく安泰だったまるおの体調がまた悪くなった。
新たな石が尿管に詰まったのだ。
ロケット鉛筆ならぬロケット結石。
束の間の“つ”くらいの平穏だった。
ああ、猫生とは綱渡りの連続だ。
結石錬成という禁忌を犯したまるおは、その代償という名の対価を払い続けないとならなかった。
夕方、なんとか予約したかかりつけの病院へ。
「もううちではどうしようもできません。残念ですが、もう十分頑張ったと思います」
丁寧に泣きついたが、先生岩の如しなので今までのお礼を言って退散。
夜も深まってしまったので夜間救急外来に行くことにした。
初めての救急外来。
意外と混んでる、みんなつらそうな顔。なんだか重苦しい。
そこでなんと2時間待たされた。救急とは。
「取り敢えず尿が溜まってるのでお腹から針で吸引して処置します」、とのこと。
おっそろしあ、おっそろしあ。
20分後、「中々うまくいかなくて少ししか抜けませんでした」、と。
6人の諭吉と別れを告げ、深夜25時に放り出される。
今でも思い出す、あんたせめて「出来なかったorz」くらいの表情を見せてくれ。
月明かり、まるおと戸越銀座。
軽くなったケージが痛い。
すがれるものが、もうなにもなかった。
ーつづくー
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