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俺が愛した台湾料理店とそのママのはなし

Neverland Diner 二度と行けないあの店で」 という本を最近読んだ。その名の通り、心がギュッと締め付けられる良い本だった。俺にとってのあの店はどこだろう…と考えていた矢先のことである。

好きだったお店がなくなったのを後で聞くのも辛いけど、今でも好きな店がまもなくなくなるというカウントダウンに付き合うのはもっときついかもしれない。その最後の日を迎えるまでは特に。
大好きな店が、先日閉店した。

15年ほど前、料理家として修行中20代中盤の俺が、初めて訪れたその台湾料理屋は、上品とは言えない地元駅西口の繁華街の2階にある。いや、あった。
この町に、急激に中国系の飲食店が増え始めた頃だったが、台湾料理はそれほど多くなかった。日本のソレとは違う赤い提灯が灯る店内は、行ったことはないけど台湾の夜市っぽい雰囲気。
母親よりちょい上世代の台湾人ママさんがおすすめしてくれるメニューは、いわゆる中華料理よりあっさりしてて、何故か懐かしさすら感じる優しい、でも異国を感じるものばかりだった。

山盛りの生シャンツァイ(パクチー)にたっぷり肉味噌がかかった、通称シャンツァイ(まんまじゃん)。
甘めの腸詰めにビールを合わせて、次はねっとり旨味爆発の、しじみの醤油漬け。
鶏のモミジ(つまり足)の煮込みは、紹興酒をあおりながらしゃぶった。
薄く焼いたクレープ状の生地に、甘味噌ダレで炒めた細切りの豚肉と、生のネギとキュウリを載せて巻いて食べる、誰が食べても美味いって言うんじゃねっていう料理。青菜を炒めただけなのにこんなに美味いの?
黄ニラ炒めは歯に挟まるけど、美味いからまぁ良いでしょう。
今じゃ大好物の干し豆腐の和え物もここで初めて食べたと思う。
締めは、少量のラーメンの麺にさっきのそぼろを載せて、スープを注いだだけの担仔麺。ちなみに150円。

何を食べても美味しいし、小皿だから少人数でも楽しめる。大人数なら鍋とかも頼んじゃう。
友達との宴会、仕事先の人との会食、彼女としっぽり深夜12時過ぎのごはん。
正月も休まないから、年始早々の父親と二人の新年会でも利用させてもらった。

ママが台南出身と知ったころ、俺が料理家をやっていることを伝えると、「私は料理作れない、けどコックさんに聞いたげる」。
料理の作り方をママ経由で聞くと、俺とママが日本語→ママとコックさんが中国語→ママから俺に片言の日本語 
答えが戻ってくるときには連想ゲーム状態だったけど、なんとなくイメージで勉強させてもらった。
これが俺の外国料理の勉強スタイル=駅前料理留学の基礎となる。

台湾の料理本もくれたし、俺が台湾に行く時に料理の先生も紹介してくれたけど、ママは店のキッチンには入れてくれなかった。(気軽に見せてくれる店も多い)
いま思えば、とにかくコックさん達の気持ちを尊重にしていたからだと思う。
「私変わる、でも料理変わらない。コックさん変わる、味変わる。みんな来ないなる。でしょ!?」
こんなママだからこの繁華街で30年もお店が続いたのだと思う。

話は現在に戻る。
緊急事態宣言もあって外食を控えていたから、3月末になって年明け初めて店を訪れると、
チーママから、前から決めてたけど、4/15で店を閉めると聞かされる。
ママを見ると、もう決まったことだからというような笑顔をしていた。
なんで?とは聞けるわけもない。
なるべくその話題を避けるようにしつつ、でも思い出話には花が咲く。
「あなたずっとかわいい、わたしのむすこ!」

ママがやり切ったんだからと納得しながらも、家に帰ってからずっと心のどこか奥の方に重いものが残る。
転職だったり失恋だったり死別だったり。別れにも慣れてるはずのアラフォーだけど、
最新の別れはやっぱりキツい。

閉店の数日前にもう一回だけ、と思い花束を持って再訪してみた。
「みんな花もってくるね~」ママのいつもの笑顔に救われる。
「コックさんに頼んだ、作るの見てくる良いよ」
初めてキッチンに入れてもらった。常連歴15年目にして初のキッチン見学。

俺が勝手に恐れていたコックさんが話しかけてくれたけど、突然だから俺も何を聞いて良いのかわからない。取材より緊張する。
一人が材料を切って皿に盛って渡すと、渡された相方が華麗な動きで中華鍋で調理する。
30年この店の味を守り抜いた2人のコックさんの阿吽の呼吸を感じさせてもらうだけで十分だった。
これ以上はない食の勉強だった。改めて謝謝。

店がなくなることをまだ受け入れられてもいないし、この手の話にオチはつけられない。

過去の思い出が実在以上に輝くのを知っているから、将来俺がこの店を神格化して語り続けるのは容易に想像できるので、
「その昔、池袋に伝説の台湾料理屋があってなぁ~」とかひとりで語るジジイに、未来人たちは優しく接してほしい。

あ、ちなみに以前からママとはLINEでやり取りするようになった。
「テレビみた、あなた出た」とか。
ちなみに、向こうからの連絡はすべて音声のみ。
LINEに音声メッセージ機能があるのを初めて知ったんだけど、
たぶんママとの交流は続きます笑!


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