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【ショートショート】せっかちなイヤホン

異変が起こり始めたのは2日前だった。

その日も私は電車に揺られながら、ラジオを聞いていた。

「2020年6月26日、朝のニュースです」

なんだかいつもよりアナウンサーの口調が早い気がする。

その時は気のせいかと思い、気に留めていなかったが、次の日にはまたおかしなことになっていた。

「2020年6月28日、朝のニュースです」

速すぎる。それに日付がおかしい。その日は27日だった。まだその時は言い間違えかと思って流したが、今朝はもっと酷かった。

「2020年6月30日、朝のニュースです」

今日は6月28日である。これは明らかに未来のニュースだった。スピードも早くなっており、もはや早口言葉である。そんな馬鹿なことがあるかと思っていると、階段の手すりに引っかかってイヤホンが抜けた。

「最初のニュースです。先日27日に......」

いつもの速さだった。日付ももとに戻っている。やっぱり言い間違えただけか?私は、2日連続はいくらなんでも酷いなと思いながら、もう一度イヤホンをつけた。すると、ジジッという音とともに早口の声でこう聞こえてきた。

「本日から7月が始まるわけですが......」

7月?どうなってるんだ。さっきは確か6月30日と言っていたはず......。その時、私の頭にある考えが閃いた。

まさか。

それから私はイヤホンの抜き差しを繰り返してみた。間違いない。イヤホンを繋いだ時だけ日付がおかしくなっている。しかも、時間が経つにつれどんどんとアナウンサーの口調が早まっているようだった。

私は確信した。どういうわけか知らないが、イヤホンが勝手に時間を早めているらしい。しかも、昨日はまだ1日先のニュースだったのに、今日は2日先になっている。イヤホン内を流れる時間は明らかに加速していた。

私は困るなとは思いつつ、その仕組みが分かってしまうと、かえってニュースを聞くのが楽しみになってきた。未来の出来事が分かるのだ。ワクワクしないわけがない。

問題は、その速度である。今ですら聞くのが大変なのだ。この先普通には聞き取れなくなることは間違いない。何か速度を落として聞くことができるよう対策しなければ。

それから私は様々な方法を試してみた。しかし、どの方法もうまくいかなかった。イヤホンを通さねばニュースは速くならないのだった。

仕方なく、私はアナログに、最大音量にしてイヤホンから漏れる音声を録音し、それを遅くすることにした。

いざ試してみると、これがなかなかうまく行った。我ながらによくやったとは思う。録音設備を整えているたった数時間のうちに半月も飛んでいたのには面食らったが。

そして私はなけなしの金で、もう一つ安いイヤホンを買い、そのせっかちなイヤホンは常に家に置いておいて、録音し続けることにした。

(*)

このイヤホンのおかげで私の生活は一変した。私はまず、直近の競馬中継を片っ端から聞いた。万馬券を購入するのは容易だった。そうして私は莫大な資本金を得た後、今度は株価を調べて投資をした。

投資は大勝ちだった。当然だ。私は未来を知っているのだから。そして、私は着々と財力を伸ばして長者番付にも載るような大物になり、「本間照之」の名は全国に轟いた。

それだけでは飽き足らず、私は政治の道を志した。その頃には私は巷で「予言者」などと言われるようになっていた。まるで未来を予知しているかのような的確な判断力を持つとして、私は大いに期待された。そのまま選挙は圧勝に終わり、私は晴れて政治家になった。

政治家になってからは楽だった。私は富も名声も地位も全てを手に入れたのだ。その頃には私はもうイヤホンに頼る必要はなくなっていた。未来など知らずともいくらでも未来を操作できるのだから。

私は地位を守るためには何でもした。私に歯向かうものは皆粛清をし、周りに敵はいなくなった。スキャンダルは金の力で全て揉み消し、マスコミを手中に収め、印象操作で世論はすっかり私を救世主扱いして心酔した。もはや政界のみならず、私はこの国を完全に支配するようになっていた。

そんなある日、私は久しく立ち寄っていなかった自宅へと戻った。深夜とはいえど、家は異常に静かな気がした。私は違和感を覚えながら、自室へと向かった。

自室に入ると、違和感の正体に気がついた。イヤホンから音が流れなくなっていたのだ。一体どうしたのだろうか。私はイヤホンを調べた。安いイヤホンだ。もう壊れたのだろう。

しかし、断線している感じはない。考えてみれな当たり前だ。動かしてないのだから。動作を確認するために音楽を流してみたところ、音が漏れ出て聞こえてくる。それから動画を流してもみたが、音楽の時と変わりはなかった。

一体どうしてラジオだけが流れなくなったのだろうか。私は疑問に思い、イヤホンが途切れる間際の最後の録音を聞いてみることにした。ジジッという音とともに声が聞こえてくる。

「2053年6月29日、朝のニュースです」

明日のニュースだった。よく聞いていた朝のニュース。もう何年ぶりになるだろうか。アナウンサーは代替わりしているようで、どこか言葉が震えていた。新人なのだろうか。

「速報です。昨夜未明、東京都〇〇区で、大規模なテロが発生しました。」

なに?〇〇区?私の自宅がある区じゃないか。そこで、大規模なテロだと。しかも、未明ってもうすぐじゃないか。

アナウンサーは動揺する私に忖度することなく原稿を読み上げる。

「犯人は『政府の独裁的な政治体制に反発し、革命を起こそうとした』と述べています。」

革命だと?そんなの流したら、世論が流れるだろうが。未来の私は何してるんだ。クソッ。

苛立つ私を嘲るかのように、アナウンサーは話し続ける。相変わらず震えているその声は、今はその意味を変え、まるで喜びに震えているかのようだった。

まさか。

「このテロ行為によって、親善党総裁・本間照之さんが瀕死の状態で発見されました」

嘘だ。私は言葉を失った。

だが、アナウンサーはそこで止まらなかった。

「が、今朝死亡が確認されました。」

そこでイヤホンはブツッという音を立てて切れ、束の間の静寂の後、とてつもない爆音が響いた。

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