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【ショートショート】酒

酒を入れて思考を制限しないと、どうにもいかないことがあります。何だか黒い靄が頭のなかを埋めつくし、世間だの将来だの外聞だのプライドだのといった雑念が、傷ついた形でそこにあるのです。こうなってしまうとおしまいで、もう何をしていいんだか、何がしたいんだかちっとも分からなくなります。

私は一人咲いているものですから、どうにも人を頼れない。頼ろうものなら己の中の恥がニュッと顔を出して、私を思いっきりぶちます。お前に誇りはないのか、この恥さらしめ。お前ごときが助けてもらえるはずがないだろう。思いあがるんじゃない。

何より怖いんです。私は傷つきたくない。だから、傷つけられる前に先回りして自分で自分を傷つけるのです。そして、これほど自分には価値がないのだということを自らに思い知らせてから、傷つく前に自分から身を引きます。本当に恥をかく前に、想像で恥をかいて逃げるのです。

言い訳ばかりしています。とにかく言い訳ばかり考えています。本当にしょうもない。私には私がないのです。私を私として認めているのはみなさんなのです。だから、みなさんのお気に召さない時点で私は私ではなくなります。私は消滅するのです。

みなさんに認めてもらえない時、私は動揺します。それはとても苦痛です。だから、私はセンスが欲しい。誰に何を言われるでもない圧倒的なセンスが。しかし、それはきっと一生手に入らないでしょう。無い物ねだりをするほど、私は気力を持たないのでした。

センスを突かれると弱いのはそのためです。第一に私にはセンスがないのです。私は、私にセンスを認めていません。自信なんかあったもんじゃないのです。だから、何事にもビクビクしています。遠い人には強がれますが、ほとんど私である周りの人に突かれるともう口を閉ざすしかなくなるのです。

私はとにかく自信を持ちません。持てないのです。自信は自身を持つ者にこそ訪れる幸運だと思っています。自身をすべて他者に依存している私に自信を持つことは許されない。つまり、私の自信とは他者の同意に他なりません。故に、私は脆いのです。

今日もまた、自身が崩れそうでいます。にっちもさっちもいきません。私にはその崩壊を止められない。これが他者に依存したものの末路です。そんな時、私は酒を入れます。酒がまるで私の代わりに私を支配してくれるからです。

酔いが回り、思考が制限されると、ようやく私は眠りにつけます。私をそわそわさせていた靄が気配を消すからです。靄はそこにあり続けるんですけれども、それを気にしないということが大事なのです。だから、私は酒を入れます。

無駄なことを考えなくなり、言葉は素直に出ていきます。思考がそのまま言葉に乗って表に出ていきます。その感覚が美しく、恍惚的で、快楽的なので、私は自分に酔いしれますが、それは私ではなく酒の言葉なので、やっぱり不安なままでいます。恐らく私は、永遠この苦痛から逃れられないのだと思います。

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