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【ショートショート】子ども愛

私は子どもが好きだ。

高校生の頃、生まれたばかりのいとこの面倒を見ていたら、すっかり虜になってしまった。

それまでは、子どもなんて何を考えているか分からなくて、生意気で、ちっとも好きじゃなかったけど、幼いいとこの世話をしているうちに、気づいたら街中で駄々をこねている子どもを見ても、可愛いなと思えるくらい、私は子どもを好きになっていた。

今じゃ、保育士を目指しているくらいだ。

「キーンコーンカーンコーン」

ベルが鳴る。終業の合図だ。私は急いで専門学校を後にし、バイトへと向かった。

(*)

バイト先はスーパーなのだが、これが中々楽しい。店内には色々な人が来るけれど、中でも私の働いている店では、家族連れが割合多いのである。

だから、品出しをしていると、よく子どもたちと触れ合える。

特にお菓子コーナー。

お母さんの言うことを守って何を買うか真剣に選んでいる子を見ると、ほんといじらしくって頭を撫でてあげたくなる。

他にも、妹ちゃんと2人で買い物してるんだけど、妹ちゃんがちょこまかと動き回るから、迷子にならないように必死に言い聞かせているお兄ちゃんとか、バレないようにお母さんのカゴにお菓子を入れるんだけど、いっぱい入れ過ぎてすぐバレて叱られてしょんぼりする女の子とか、とにかくお菓子売り場はかわいいに溢れている。

と、まあ、品出しはもちろん好きなんだけど、実はレジが一番好きだったりする。

レジで会計する時って、一番その人の本質というか、本性というか、そういうものが見えてくる気がするのだ。

例えば、レジでキリキリして八つ当たりしちゃうような人って、きっと寂しい人だ。

多分、やりきれない思いとか、どうしようもない後悔とか、それは別に大きくなくてほんとに些細かもしれないけど、でも、そうしたのが積み重なって、ちょっとしたことでも許せない。

でも、そのせいで誰も受け入れてくれなくて、また余裕がなくなって、キラキラして、そんな悪循環から抜け出せない。

そう考えると、ああいう人ってとてもかわいそうで、寂しい人なんだと思う。

逆に、レジの会計の時ですら愛想がいい人はきっと愛されている。

正直、会計の時間って無駄だ。だって、ただの手続きだから。買うって決めた瞬間にお金が払われる仕組みがあるなら、それに越したことはない。

そんな無駄な時、その上一切自分の得にならないような時でさえ、愛想よく接することができる人は、心の底から思いやりに溢れているのだと思う。

こんな風に、レジをしていると人の性格がよく分かるのだが、子どもを見るとそれはもっと顕著だ。

お母さんが会計を始めたその瞬間にお菓子コーナーに走っていって怒られる男の子を見ると、やんちゃだなと思うし、「ねー、はるちゃんもやりたい!」と言ってお母さんの財布を奪い取って会計をする女の子を見ると、好奇心が旺盛なんだなと思って微笑ましくなる。

お母さんの手伝いをしている子なんて見たあかつきには、いたいけなその姿に胸が締め付けられそうになる。時々、それでぼーっとしちゃって、お母さんに怒られることがあるくらいに。

金子みすずさんの詩に、「みんな違って、みんないい」(だっけ?)っていうのがあった気がするけど、私に言わせれば「みんな違って、みんなかわいい」だ。

レジには、癒しがたっぷりある。

そんなわけで、私はレジ業務が一番好きなのだ。まあ、大変なこともたくさんあるけど。

今日もいつものようにレジを打っていると、一人の女性客が商品を追加したいと言って、取りに行ってしまった。

暇だなと思いながら待っていると、とことこと子どもが近づいてきた。

「お姉さん、これ袋入れていい?」

あの人のお子さんだろうか。お母さんの手伝いをしたいのかな。

そう思うと私はもうダメだ。いじらしくってかなわない。

「いいよ!お母さん来るまでに入れちゃおっか!」

そう言うと、その子は「うん!お姉さん、ありがとう!」と言って、満面の笑みを浮かべながらカゴをサッカー台に持っていった。

その子は一生懸命袋に商品を詰めている。

その様子を見ていると、どうしても「あー!たまごは最初に入れないとダメだよ!」とか、「お肉は汁がこぼれちゃうから袋に入れてあげて!」とか言いたくなってしまう。

でも、持ち場を離れる訳にはいかないから、私は見ていることしかできない。それがすごくもどかしい。

「頑張れ、頑張れ!」

せめて、心の中で応援していると、右からドンッと大きな音が聞こえた。

ビクッとして振り向くと、さっき商品を取りに行ったお客さんがすごい形相で私を睨んでいる。

「ちょっと、持ってきたんだけど」

まずい、男の子に夢中で気がつかなかった。待たせてしまったかもしれない。

「申し訳ございません!えっと、サラダ油一点、合計1256円になります!」

お客さんはイライラしながら、財布を確認している。

「これで」

「ちょうど1256円お預かりします!こちらレシートです!」

お客さんは無言でレシートを受け取って、ようやく商品の方を見た。

「......あれ?ちょっと、私の買ったやつどこですか?」

「あっ、それならお子さんが袋詰めされてます!あちらで......」

左の方を向くと、男の子がいない。咄嗟に、嫌な考えが脳裏をよぎった。

男の子はお母さんを探しに行ったのかもしれない。だとしたら、まずい。

まだ、店内ならいいけど、どうしよう外に出てしまったら。外は駐車場だ。轢かれてしまうかもしれない。仮に店内だとしても、誘拐されたら......。

悪い考えがどんどん膨らんでいく。そうだ、早く、店内放送をかけないと。

「申し訳ございません、さっきまで一生懸命袋詰めしていたんですけど......。私がお子さんから目を離したばかりに見失ってしまいました......!至急、放送をおかけいたしますので———」

「ちょっと、さっきから、あなた、何言っているの?」

お客さんは、パニックになっている私の話を遮って、大きな声でこう叫んだ。

「私、子どもなんていないわ!泥棒よ!」


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