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【ショートショート】未読無視
今日も何度も通知センターを見返している。でも、君からの返信は一切ない。僕は何度も催促したのに、君はそれを見てもくれないようだった。
どうして何も返してくれないんだ。僕は何度も君の家に行ったし、君に好きなものを何でも買ってあげたし、こんなに君のことが好きなのに。
これだけ君に尽くしたんだ。頼むから、返信くらいしてくれよ。
僕はいてもたってもいられなくなって、気がついたら君のアパートの前に佇んでいた。
すると、男がドンっとぶつかってきて、舌打ちをして去っていく。僕は男の行方を目で追った。すると、男は君の部屋に入っていった。
僕はどうにかなりそうだった。君の部屋に僕以外の男が入っていくという事実が堪え難かった。
そして、男が入った数分後、電気はパッと消え、部屋から甲高い声が漏れ出てきた。
僕は遂に堪えられなくなって、一心不乱に走った。たどり着いたのは有名な陸橋だった。
柵に寄りかかって下を覗くと、昼は真っ青な海があるはずの場所には、何もなかった。
いや、何も見えなかったのだ。ただ底無しの漆黒がどこまでも広がっているだけだったのだから。
僕はいっそのこと、身を投げてしまおうと思った。そして、僕の生命まるごとあの漆黒に吸い込まれて、溶け込みながら、墜ちていきたくなった。
身体はもう上半身が橋の外側にあった。あとは足を上げるだけだ。
その時、通知が来た。身体の向きを変え、柵に腰掛ける形でスマホを見ると、君からの返信だった。
『もう私のことは忘れて』
僕はスマホを叩きつけたくなった。忘れられるわけないだろ。君は、僕のすべてだったんだ。それに、先に裏切ったのは君じゃないか。
また、通知音が鳴る。
『本当にごめんね』
もう遅いよ。君だって僕を止められない。僕は、いくよ。
身体を反転させる。海が僕を待っているようだった。
また、通知が来る。
『待って 私、そっちじゃない』
その時、雨がポツリと僕の頬を濡らした。
天を仰いだ時、また通知が来た。
『お願い 生きて、私の分まで』
雨が強くなる。彼はしばらくそのまま夜空を見つめた。
雨雲に隠れるはずなのに、空には星が一つだけ浮かんでいた。懐かしい光だった。
ああ、そうか。分かったよ。君は、そっちにいるんだね。
彼は再び、身体を反転させ、柵から降りた。
手に握られたスマホがブルッと震える。僕は覚悟した。きっと、これが最後になるだろう。
通知を見る。そこには何も書かれていなかった。彼は振り返って、もう一度あの星を見た。
星はさっきよりも一層強く輝いていた。その時だった。
「ありがとう」
君の声がした。ついこの間まで僕の横で、楽しそうにはしゃいでいた声。ともに幸せを誓い合ったはずの声。そして、一ヶ月前に突如として奪われた、あの声だった。
彼の頬を一筋の水滴が流れた。雨はもうとっくに降り止んでいた。
彼はぼんやりとにじむ視界を透明にしようとして、そっとまばたきをした。
目を開けると、あの優しく光っていた星はもう雲に隠れたのか見えなくなっていた。
彼は夜空に手をかざし、一つ誓った。
「僕は、君を忘れないよ。でも、まだ君のところには行かないであげる。だから、僕が逝くまで、待ってて欲しい。」
彼の手が一瞬震えた。
画面には、さっきは空白だったはずの通知欄に、しっかりと『ありがとう』という文字が残されていた。
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