「文学と歴史の素養が重要」な時代へ! コルク佐渡島庸平さんとトーク《後編》
「役に立たないとされてきた学問が、役立つようになる」
「実践的ではない素養のあるなしが、仕事に直接影響し始める」
そんな謎めいたおもしろい時代に、突入していると思っています。
「自分が何を大事に生きているか」といった抽象的なテーマや哲学、文学、歴史といった素養があることの価値が、上がっているんです。即効性がない教養だから哲学であり、文学であり歴史。とても逆説的なんですけどね。
それは、いまとこれからを生きていくには、「いろんな人間と調和ができるかが不可欠」だからです。
インターネットは、物理的な距離を近くしました。アフリカに住んでいる子ども、イスラム圏で暮らす女性と一緒にオンラインで会議して、プロジェクトを進めるツールはあります。
それを心理的にも取り込めるかどうか。人種や宗教、境遇が違う人たちの立場や視点で理解できるか。理解しようと受容できる範囲が広ければ広いほど、価値が発揮できる時代になっています。
そもそも同じ日本に暮らしている人同士だって、その特性や立場、状態、モノの見方、思考は100人いれば100通りありますよね。スタンダードやロールモデルがない社会が加速しているからこそ、「深さよりも範囲」のほうが大事になっている。そんな感覚があります。
「相手をジャッジせずに受け取れるか」が重要であるともいえますね。
偏見なく人を見れるかどうか。
実は、哲学的思考力や文学的センスといった素養がないと難しいんです。
対談したコルクの佐渡島庸平さんも「いまの時代は文学がいい」と考えていらっしゃいました。「自分が好きな物語の価値観をインストールして、日常の中で思い出していくことが幸せな生き方になる」とも。
後編では、文学と歴史の重要性が増していることから、cotenがつくっている歴史データベースが未来の大発見に役立つ可能性まで、深くまで潜って対話をしています。
佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
編集者。コルク代表。2002年に講談社に入社。『モーニング』編集部にて『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』などを担当する。2012年に退社し、ネット時代に合わせた作家・作品・読者の新しいカタチをつくるべくクリエイターのエージェント会社・コルク創業。作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。契約しているのは、三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉、平野啓一郎、けんいち(元ロードオブメジャー)など。コミュニティ「コルクラボ」を主宰。
■「いまの時代は文学がいい」と考える佐渡島庸平さんって? ↓↓↓
(▼)note 『コルク佐渡島の「好きのおすそわけ」』
(▼)YouTube 『編集者 佐渡島チャンネル【ドラゴン桜】』
(▼)Twitter 佐渡島庸平(コルク代表)
(▼)前編はコチラ
「いい問い」があると生活も人生も楽しい! コルク佐渡島庸平さんと探る、歴史の学び方
「心のありよう」を文学で変えたい
佐渡島庸平さん(以下、敬称略):
最近読んだ本に、こんなことが書かれていました。身近な人が急な病で亡くなったとき、死因を知らされても、残された人の心はまったく救われない、と。それより「魔術のせいです」とか「妖精のせいです」と言われたほうが、納得できるそうです。
医学に基づいた説明よりも、なんの根拠もないほうが説得力があるなんて、にわかには信じがたいですよね。
これで思い出したのが、昨今諸外国で多くの支持を集めている政治家たちです。彼らの発言は論理性に欠けるものが少なくないし、極端に保守的で特定の対象を敵視しがち。
でも彼らには、「こいつが魔女だ!」と呼びかけることで国民全体を安心させようとする狙いがあるんじゃないでしょうか。そうやってみんなを安心させる魔法をかけて、心を落ち着かせる。その後に、本来の施策をするのです。
深井龍之介:
なるほど、めちゃくちゃ興味深い指摘ですね。過去の歴史上でも似たようなことが起こってますしね。
佐渡島:
僕は昔から、「集団心理の安全安心」にすごく興味があります。文学を志すきっかけとなった、中国の小説家・魯迅ともつながっているから。
魯迅ははじめ、医者を志していました。しかし、同胞である中国人が殺される映像が時事放送で流れたとき、中国人たちが興奮した様子でそれを眺めていることに衝撃を受けます。
そこから「自分に必要なのは医学ではなく、多くの人々の心を変えることだ」と決意し、小説家になったんです。これを知ったとき、自分も多くの人たちの心のありようを変えたい、それを文学で挑戦したいとすごく思って編集者という仕事に就きました。
集団の安全安心がどうやって確保されるのか。人と人がどんなふうに相互作用を起こしているのか。色々と情報を集めて考えています。いまだに答えが見つかっていませんが。
深井:
歴史上では、集団の安全安心が確保されたことも例としてあります。ただそれがどのくらいの期間維持できるのか、それが本当に安全安心だったのかはまた別ですね。
安全安心だと思っていたら本当は違っていた、なんてことはたくさんありますから。だからこそ、テーマとしてすごくおもしろいですね。
佐渡島:
いまの時代に、魔術とか妖精のほうに戻るのはすごくよくないと思います。かといって水素水とかマイナスイオンとかも違うなと。だったら僕は、文学がいいと思うんですよね。
「既定の概念を捉えなおす」思考
深井:
一人ひとりが自分で生き方を考えて選択する時代になってきてますよね。ここで一番役に立つのが、僕も文学だと思っているんです。
文学は、これまではずっと、社会の役に立つと考えられてこなかったじゃないですか。別に役に立ってほしいとも思ってないんですけど(笑)。
ただ、時代の必然性として「役立つはずのものじゃなかった分野が役立つ」ようになってきたなと思います。
たとえば数学だったら、まず数字というものが前提にあって、そこから公式や定理が導き出されていく。一方の文学では、「数字ってそもそもあるんだっけ?」とか「そう定義しちゃって大丈夫?」みたいな問いかけや思考方法がたくさんあります。
文学によって、「既定の概念を捉えなおす」思考を身につけることができる。その土壌や環境があることが、いまの時代めちゃくちゃ重要になってきたんです。なぜなら、自分が幸せになるために必要だからです。
佐渡島:
そうですね。昔の人は宗教によって生き方や価値観を定義してもらっていたんですよね。資本主義が発達してからは、お金による定義へ変わっていった。
これくらい資産があると幸せ、マイホームがあると幸せ、高級車を持つと幸せ……。お金が価値観の中心になって、人々は「スタンダードな暮らし」に憧れるようになりました。
それがいまは、「スタンダードな世の中から多様性へ」と変わってきています。多様性が前提の世の中になると、もはや基準となる価値観やロールモデルはありません。
でも多くの人は、これが正解だっていう価値観を自分で持つのが、難しい。もっと言うと、それができないくらい弱いんだと思います。新型コロナウィルスによる自粛要請が出たときも、企業や店舗がそれぞれ自分たちで対策を考えていて、はじめは不安や戸惑いが大きかった。
「なんでも自分で決める」多様性の苦しみ
佐渡島:
各自が自分で考えて行動しましょうと言われたら、大抵の人は自分でなんでも決めなきゃいけないことに、苦しくなる。基準やルールを求めるようになります。
そこで救済となるのが、物語の主人公たちです。物語の主人公は多種多様です。シェイクスピアの作品だけでも様々な物語があり、様々な主人公がいます。
「『宇宙兄弟』の主人公・ムッタのように、自分も夢に再挑戦して生きるんだ。ムッタだって自分に自信がなかったけど、夢を叶える事ができた。だから自分も自信を持つんだ!」というように、ストーリーや世界観を自分の中にインストールして、自分のものとして生きる時代へと変わっています。
そのインストール可能な世界観や価値観こそが、これからの時代多くの人の心のよりどころになると思います。
そんな「インストールした世界観」を日常で思い出すのに役立つのが、作品のグッズであったり、作品を好きな人たちが集まるコミュニティ。作家や作品を好きな人たちとファンコミュニティの中でつながって、会話をしていって作品の中の重要な価値観を思い出していく。
そういう生き方が幸せになり、人の弱さを助けるものになる。こんな風に、文学などを中心としたファンコミュニティを作るのが、コルクのやりたいことなんです。
複数の主人公から価値観を選べる時代へ
深井:
たしかにそれは今の時代にすごく合致してるし、宗教の形成過程にも近いものがあります。
キリスト教徒が十字架を持ったり、仏教徒が数珠を持つのは、カタチあるものが価値観を思い出すきっかけになるから。自分の中にとどめておけるアイテムなんですね。
そういうたくさんの思想やフレームワーク、価値観のスタンスとかを並べて、自分で選択するようになると思います。昔は、1人の主人公しか選択できなかったゲームが、今は5人くらいから選んで冒険できます、というような。
しかも人生のステージによって途中変更も可能です。ただ、それぞれの主人公の特性がこのゲームの中でどういう意味があるのかを理解してないと、キャラクターを選択できません。
それを知るために歴史が超役に立つと、僕は思っています。「このキャラはスピードが超速い」「このキャラは打撃が強い」「このキャラはこんな魔法が得意」などなど。
それぞれの特性がゲームの各ステージでどう活きるのか。歴史というケーススタディをもとに考えることができます。
愛について話し合うならまず先人を
佐渡島:
僕の主宰するオンラインコミュニティ「コルクラボ」では、入会した人たちでチームを組んで、アリストテレスの『詩学』を読んでもらいます。それを現代のコンテンツに当てはめて、発表会もするんですよ。
2000年近く前に書かれたものをなぜわざわざ課題として読んでもらうのか、疑問に思いますよね。
ここに書かれている「おもしろい物語を書くのに必要な要素」とは、近年『ベストセラーコード』という本で紹介された、売れてる小説をAIで分析した結果と同じ。今までたくさんの物語が作られてきて、今日でもおもしろい物語を作ろうと作家たちが一所懸命考えています。
だけど、重要なポイントはもう2000年も前に解明されていて、「こういうふうにつくって、こういうことに気をつけるといいよ」とアリストテレスが教えてくれています。
深井:
その感覚めっちゃわかります。僕が取締役をしているベンチャー企業でも、これと似たようなことがあります。スタートアップ企業が自社の理念をつくろうとするとき、抽象的な概念の話も出てきます。
たとえば、「愛について」とか。
それならば、キリストの説いた愛や墨子が訴えた博愛など先人達の教えをあらかじめ知っているといい。それを前提とした話ができるからです。
でも多くの人は、自分の経験だけをもとにゼロから考えてしまう。まずはちゃんと勉強してから話し合いをしたほうが、もっといい理念が絶対につくれるはずなんですよ。
教えはきちんと本に残っているし、歴史の授業でも一回習っていますからね。そこを踏まえられない悔しさというか、もどかしさを常に感じています。
より先の議論に進むためにも、歴史のデータベースをつくりたいんです。
人類の知恵と可能性を拡張させている
深井:
歴史のデータベースをつくっている話をすると、それがあれば未来がどうなるかを予測できるんじゃないか、という意見がよく出ます。断言しますが、歴史がわかったからといって未来のことはわかりません。未来には、不確定要素が多すぎます。
歴史が一番役に立つのは、実は「いま・現在」なんです。
たとえば、リンゴがなぜ落ちてくるのかって、ニュートンが登場するまでわかりませんでした。ニュートンが重力を発見して自然科学が前進した結果、リンゴが落ちる理屈が発見されたわけです。
歴史もこれと同じで、未来のことではなく「今が本当はどうなっているか」がよくわかるんです。
佐渡島:
僕は自然科学の中で、様々なものがフラクタル構造になっていることにすごく魅力を感じるんですよね。細胞の中と宇宙の成り立ちを研究していくと、両者が似たような構図になってくる。それがすごく魅力的だなと思ってて。
人間の生き方も、まったく違う時代なのにどこかで相似形が見つけられて、その瞬間人間心理に基づく新しい発見ができる気がします。人間の感情に対する新しい発見が、何をきっかけにできるのかをいつも考えています。
深井さんがコテンという会社のビジョンとしてつくろうとしているデータベースは、すごくそのヒントになるでしょうね。完成したコテンのデータベースを僕が見たら、いろんなことを勝手に考え出して、発見したことを人に言いまくるでしょうね。
深井:
そう、それなんです! いまつくろうとしているコテン の新しい歴史のデータベースを、世界中にいる「天才」といわれる人たちに使ってほしいと強く思っています。
世界に何千人しかいない、物理学の天才とか、数学の天才とか、生理学の天才みたいな人たち。異分野で才能を発揮しながらあまり歴史に詳しくない人たちに、このデータベースでわかる歴史の因果関係みたいなのを、一発検索できる状態で渡す。
そうしたら、彼らの中で自然とスパークが起きて色々な発見が出てくるんじゃないかと思うんです。そういった、才能の掛け合わせみたいなことをすごく期待してます。
佐渡島:
「世界史のデータベース」というと、学習や研究向けのコンテンツという印象を感じますが、「人類の知恵と可能性を拡張してる」というところまで言語化して表せるといいですね。
そうすれば、もっと深井さんのやりたいことに共感して集まる人が増えると思います。この対談を読んでくれた人の中から、このデータベースを一緒につくりたいと言ってくれる人が集まってきてほしいですね。
Wikipediaみたいに、有志が集まってつくっていくほうがいいですもんね。
深井:
そうですね。会社の事業としてやってはいますが、社会的意義のあるミッションだと、僕と同じように受け取ってくれたボランティアの方も少しずつ集まってくれています。会社という枠を、徐々に超えてきていますね。
みなさんの力、人類の力をうまく借りながら、人類のためにつくれたらいいなと続けていきます。
(おわり)
■2人のライブ感を味わえるのは動画!
〜歴史の偉人たちの物語を学ぶ意味〜 深井×佐渡島対談
■佐渡島庸平さんの「毎日とアタマの中」全開放中
note 『コルク佐渡島の「好きのおすそわけ」』
■愛について語る前にキリスト、墨子、ガンディーを
このnoteでは、歴史を学ぶことで得られる「遠さと近さで見る視点」であれこれを語っていきます。3000年という長い時間軸で物事をとらえる視点は、猛スピードで変化している今の時代においてどんどん重要になってきます。
何千年も長い時間軸で歴史を学ぶと、自分も含めた「今とここ」を、相対化して理解できるようになります。世の中で起きている経済や社会ニュースとその流れ、ビジネスシーンでのコミュニケーションや組織づくり、日常で直面する悩みや課題まで、解決できると僕は信じています。
人間そのものを理解できたり、ストーリーとしての歴史のおもしろさを伝えたくて、歴史好きの男子3人で『COTEN RADIO(コテンラジオ)』も配信しています。PodcastとYouTubeとあわせて聴いてもらえたらうれしいです。
<深井龍之介と『コテンラジオ』をもっと楽しめる↓↓↓>
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構成・コルンジックさやか、イラスト・いずいず、編集・平山ゆりの(すべて、コルクラボギルド)
株式会社COTEN 代表取締役。人文学・歴史が好き。複数社のベンチャー・スタートアップの経営補佐をしながら、3,500年分の世界史情報を好きな形で取り出せるデータベースを設計中。