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イソップ童話「雄鶏と宝石」について

豚に真珠とか、猫に小判とか、物の価値についてのことわざとか慣用句はたくさんあるけど、その価値を自覚している話って珍しいなと思っているたつやです。

今回は、イソップ物語の中でも、謙虚さと本質の価値について描かれた「雄鶏と宝石」についてお話しようと思います。

「雄鶏と宝石」の物語は、雄鶏が宝石を見つける場面から始まります。
雄鶏は宝石に目を奪われ、自分の美しさを誇示しようとしますが、結果的に狐に捕まってしまいます。
この物語は、見た目や外的な要素に惑わされず、本質を見極めることの重要性を教えてくれます。

今回も、大切な部分を3つ書いていこうと思います。

1つ目は、本質の重要性です。
雄鶏は、土を掘っていると偶然宝石を見つけました。でも、その宝石は自分には必要ないものだと悟って、自分にとって必要なものは何なのかを考えることの大切さが描かれていました。

2つ目は、謙虚さの大切さについてです。
宝石を見つけた雄鶏は、その宝石をなにかに利用しようとするわけでもなく、落とし主がこれを見つけたら喜ぶだろうなと第三者視点で謙虚に物事を考えていました。
これ、すごく大切なことですよね。

3つ目は、自分に必要なものを考え続ける姿勢です。
雄鶏にとっては、宝石なんかよりも食べ物、物語では麦一粒の方が大切だと描かれていました。
自分にとって必要な物の価値を見失わず、そこを軸として考えられることの大切さがにじみ出ていますよね。

宝石と聞くと、すごく価値のあるものだと感じます。
でも、冒頭で書いたように、豚に真珠、猫に小判。

その価値を分からないものには無用の長物なんです。
そこを理解している雄鶏の聡明さ、物の価値について、立場が変われば価値も変わることが描かれている素敵な物語だと思いました。

ということで、本日のまとめです。

イソップ物語「雄鶏と宝石」は、謙虚さと本質の重要性を教える物語でした。
僕たちは、どうしても見た目や表面的な価値に惑わされやすいです。
自分にとって不要なものでも、世間一般的に価値のあるものなら必要なものだと勘違いしてしまいがちです。

この物語の雄鶏のように、本質を見極める謙虚さを持つことで、結果的により豊かな人間関係や自己成長が実現できるのではないでしょうか。

謙虚さと賢明さを持ちながら、物事の本質について考えていけるようになっていきたいものですね。

そんな気付きの共有でした。
ご拝読いただき、ありがとうございました。

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