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優しいということ 長男を殺害も保釈

会社経営の傍ら、心理カウンセリング・コンサルタント講演・コンプライアンスに基づく講義なども行っていますりゅうこころです。ryukokoro

「長男を殺害した罪で16日に懲役6年の実刑判決を言い渡された元農水事務次官の被告が、20日午後保釈された」とニュースになっています。

こちらの事件で16日に懲役6年の実刑判決を言い渡されているのですが、皆さんのコメントを見てみると、一様に「なぜ執行猶予が付かなかった?」と書かれていました。私もそう思います。確かに第一親等殺人ですから司法としてこのように結審せざるを得なかったのだというのは判りますが、娘さんの自殺、奥様の認知症、ご自身の年齢を考えると、今回の「保釈決定」というのが現司法の限界なのかもしれません。

それでも殺人は良くない。だがしかし!極限状態でそうするしかなかったという心神耗弱状態を考慮したとしても、同情はしたとしても、異例の保釈が精一杯だったのか、、、。という点でやりきれなさは残ります。特に新幹線無差別殺傷事件で被告が法廷で行った『万歳三唱』を知ってしまっただけに、余計にそう感じますね。

最近聞くに堪えない凄惨な事件が続いていますが、私は一貫してこの「優しいということ」を発信していきます。

優しいという字は「人を憂う」を書くのです。

「憂い」とは、主にマイナスの感情を表す際に用いられています。 

実は「憂」と言う漢字自体にもの悲しい意味が込められており、基本的に名前などには使用しない方がいいとされているのが特徴です。

しかし、褒め言葉として「憂いを帯びた」などが用いられる事があり、また「憂」を名前に使用するケースも珍しくありません。 

「憂い」は、世間一般では「うれい」と読まれる事が多いのですが、もう一つの読み方として「うい」と言う物が有ります。この二つは同じ表記で違う読み方をする語句ですが、読み方によって意味が変わるのが特徴です。

まず「憂い(うい)」の意味としては、胸を締め付けられる様な辛さや憎さ、切なさなどのマイナス面の強い意味合いが多くなっています。「憂い(うれい)」の場合、大きな括りとしては「うい」と変わりありませんが、主に「起こっていない物ごとに対しての不安や心配」に対して用いられる語句です。

よって「人を憂う」とは「支え合って助け合って生きましょうよ」と僕は空手道場で子供達に教育しています。わかっています、「綺麗ごと」だって。

でも、大人がきれいごとを言い続けなかったから、凄惨な事件が起きているのだと私は考えるのです。

新幹線事件や東尋坊事件、障害者施設無差別殺人事件と今回の事件とは全く趣旨が異なり、同じ「司法」という場所で裁くべきなのか?という疑問すら覚えます。

だからこそ、こういう殺害する側も殺害される側も、このような凄惨な非人道的な事件が起こりえない世の中にする為にも、私は「優しさ」という言葉を使い続けていきます。まとまりのない文章で申し訳ありません。

りゅうこころでした。ryukokoro



重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。