見出し画像

アベルの物語

むかしむかしあるところに、アベルという名のとても貧しい若者がおりました。冒険の旅の果てになんやかんやあって莫大な財宝を手にした若者は旅の道中で出会った女と結婚し、3人の息子にも恵まれ、故郷の村で幸せに暮らしました。

やがて3人の息子たちは大きくなりました。しかし家の財宝を当てにした3人は皆、働きもせずに遊んで暮らしていました。村の者たちも派手に金を使う息子たちに媚び、へつらい、誰も咎めることはありません。アベルは頭を悩ませていました。妻は飽食の果てにカバのように醜く大きく太り、いくつも持病を抱えているにも関わらず食べることをやめません。アベル自身も、若い頃の旅の無理が祟って膝を悪くし、杖なしでは歩けなくなっていました。

真夜中の寝室でひとり、アベルは幸せとは何だろうと考えました。隣のベッドで眠る妻は小高い山のようになった腹を上下させながら、地響きのような汚いいびきをかいています。息子たちはまた街から連れてきた商売女たちと酒盛りをしていて、リビングからはゲラゲラと下品な笑い声が聞こえてきます。こんなふうになるために財宝を求めて旅に出たわけではなかったのに……。

こんな気持ちになった夜は、アベルは屋敷の地下室に行くと決めていました。地下室の扉を開けると、そこにはかつてアベルが手に入れた金銀財宝が山のように保管してありました。どんなにつらいことがあっても、この財宝の輝きを見るとアベルは笑顔になり、どんな苦痛も忘れてしまうのでした。妻や息子たちと同様に、アベルも少し壊れてしまっていたのかもしれません。アベルたちは皆、財宝のおかげで幸せに暮らしましたとさ……と、この物語は閉じておくことに致しましょう。

よろしければサポートいただけると、とてもとても励みになります。よろしくお願いします。