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ヒデの話

映画『ルックバック』を観て思い出した話をもうひとつ(映画は昨日リピート鑑賞してきちゃいました)。

漫画を描いたりラノベっぽい小説を書いたりしていた少年期だった。今でも絵を描くのは好きだしこうして文章も書いているが、こと絵を描くという分野において、上には上がいることを思い知らされたのが、小中高と同級生だった親友のヒデの存在だった。

ヒデとは中学の卓球部が同じで、お互いアニメ好きなのもあって仲良くなった。当時は何となく男子は運動部に入らなきゃいけないみたいな風潮があったものだ。しかし卓球部ながら、おそらく学年で一番絵が上手かったのがヒデだった。僕が棒人間に肉付けしたようなシンプルなキャラクターで漫画を描いていたのに、ヒデはちゃんとリアルなキャラクターをサラサラと描いてみせた。中でも僕が敵わないなと思ったのは、キャラクターを色々な角度から描けるということだった。人間の顔を、例えば斜め下から見上げたような角度で、何も見ずに描けてしまう。何をどうやったらそんなことが出来るんだ?僕はほぼ正面と横顔しか描けないというのに。圧倒的な画力の差に打ちのめされた。

当時ハマっていたTRPGに誘って、ヒデとはよく遊んだ。ゲーム好き、かつ研究熱心でストイックだったヒデはTRPG仲間の中でも中核メンバー(?)になっていった。高校では僕が演劇部、ヒデは美術部(だったはずだ)。毎週のようにTRPGをやった。ヒデは持ち前の画力を活かしてみんなの作るキャラクターのイラストを1枚100円で描いたりもしてくれた。2人で相談してシナリオや設定を作ったり、ネットで拾ってきた日本未紹介のルールを翻訳しようとして、数ページであっという間に挫折したりしたものだ。

高校を卒業してから、僕とヒデは共に上京することになる。ヒデは武蔵野美大の映像コースに進学した。家も割と近く、互いに何日も泊まり込んだりしてよく遊んだものだ。お互い映画をよく観るようになり、一緒に映画館に行ったりビデオを借りてきて一緒に観たりした。ロシアの切り絵アニメ作家ユーリ・ノルシュテインを知ったのはヒデに誘われたのがきっかけだったし、細田守さんの『デジモンアドベンチャーぼくらのウォーゲーム』を観たのもヒデが、「何かめちゃくちゃ評判いいらしいから一緒に観よう」と言ってくれたからだ。大ヒットしたインド映画『ムトゥ踊るマハラジャ』も一緒に行った。後に大学を辞めた僕が映像の道に進むことになるのもヒデの影響が大きかったと思う。

ヒデはテレビゲーム業界を目指してあらゆる会社を受けて落ちまくり、最終的にめちゃくちゃ大手のゲーム会社に就職した。大阪勤務になってからはなかなか会う機会も減り、次第に連絡もしなくなって現在に至るが、某人気シリーズのリメイク版のメインデザイナーの所に彼の名前があるのは一方的に知っている。そう言えばいにしえのゾンビ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を借りてきて一緒に観たのは高校の時だったなぁと思い出す。

自分の人生に最も影響を与えた人物は誰ですか?と聞かれたら、真っ先に思い浮かぶ人間の1人が彼である。思春期を共に過ごし、ゲームや漫画やアニメ、映画やTRPGの話をアホほどした。僕が高校で演劇を始めたり、今だになんやかんやと表現創作の世界にしがみついているのは、絵を描くということでヒデに敵わなかった悔しさが根源にあると言っても過言ではないかもしれない。こういう体験があったからこそ『ルックバック』はこんなにも深く刺さったのかなぁ……なんてことを思いながら振り返った旧い親友の話でした。

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