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探偵神宮寺マキヒコ、最大の試練

私の名前は神宮寺マキヒコ、『神宮寺探偵事務所』という探偵事務所を営んでいる、しがない探偵である。縁もあっていくつかの難事件を解決した今でこそ名探偵だなんて言われるようになったものだが、最初から何もかもうまくいっていたわけではない。これは私がまだ若い頃にあった事件の話。おそらく私の探偵人生で一番の試練であった。

20代の半ば、私はまだ探偵を始めたばかりだった。とは言え駆け出しのヒヨっ子探偵に頻繁に依頼が来る訳がない。探偵だけでは生計を立てられず、私は物流倉庫の夜勤のアルバイトをして食い繋いでいた。それでも生活はギリギリだった。たまに入る探偵の依頼のたびにアルバイトは休まねばならなかったし、当時の私は怪盗ロワイヤルというモバゲーにハマっていたからだ。私はイベントのたびに生活費を切り詰めても課金をすることがやめられなかった。そこにかかってきた1本の電話が、私の人生最大の試練の始まりだった。

夜勤の出勤前、私がまだ眠っていたところにかかってきた電話だった。それは区役所からの電話で、内容をかいつまんでひと言で説明すると、滞納している区民税を払いなさいという電話だった。そうだ、そう言えばそんなような督促状がたくさん来ていたような気がする。そんなものを払う余分な金はなかったし、払わなかったところで何があるわけでもないと私は高を括っていた。私はあーはいはい払いますよと言って電話を切った。ヨシこれで解決だ。私はそう思っていた。そのまま払わずに、翌日はパチンコで勝った分も含めてまたガッツリ課金をしたんだったと思う。それからも何度か電話がかかってきたが、私は無視をし続けた。そして事件は起こるべくして起きた。銀行口座を止められたのだ。

夜勤明け、いつものように課金をすべくATMに行った時に気づいた。『このキャッシュカードは都合によりご利用いただけません』…やられた!私の灰色の脳細胞は瞬時に事の重大さを理解した。どうしよう…このままでは家賃も払うことが出来ない。私はその足で役所の納税課に行った。今こそ探偵で鍛えた口八丁手八丁が活きる時だ。私は実家の父が病気で働けずに仕送りをしていてすぐには支払えないから待って欲しいという嘘をでっち上げた。しかし相手も百戦錬磨の納税課職員だ。とりあえず払えるだけでも払ってもらわないと困りますと引き下がらない。私は探偵事務所の金庫から持ち出した取っておきの5万円を渡し、一旦これで勘弁して欲しいと言って頭を下げた。何かの交渉をする時のコツは、決して折れないことではなく、相手に落としどころを作ってあげるということなのだ。とりあえずその場は5万円でいいでしょうということになり、毎月数万円ずつ分割で支払ってゆく約束をして市役所をあとにした。私は胸を撫で下ろした。

そこから区民税を完済するまでの1年余が、私にとっては最も苦しい時期だったと言える。生活を切りつめ、アルバイトを増やしてどうにか毎月の支払いのためのお金を捻出した。当然モバゲーへの課金もやめ、怪盗ロワイヤルは事実上の引退となった。あれだけ怪盗稼業に精を出していた私が、今や探偵として怪盗ノスフェラトゥを追っているというのは何とも皮肉な話だ。あの時の苦しみがあったからこそ、今は税金対策はしっかりした上で、きちんと税金を納めるようにしている。と言ってもそれは私の手柄ではなく、経理兼助手のミドリくんが優秀であるというだけのことだ。私も様々な事件に関わってきたものだが、命の危険を感じたのは後にも先にも口座を止められたことに気づいたあの時だけだった。皆さまどうか私を反面教師にして、国民として納税の義務はしっかりと果たしていただきたい。そうだそれともう1つ、ゲームへの課金もどうかほどほどに、ね。

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