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70キロの愛

初めて出会った時、彼女はガリガリに痩せていた。あとから聞いた話だけど、当時の体重は30キロ代だったらしい。大学に入ってすぐに大きな病気をして、1年間の休学から復帰したばかりの、ひとつ年上のクラスメイトだった。

1年間休んだ分を取り戻そうとポジティブに学業に取り組む姿勢が素敵だなと思って、僕の方から告白して付き合うことになったのは梅雨に入る前だった。あんなガイコツ女と付き合うだなんてと陰口を叩くやつもいたが、僕はちっとも気にしなかった。あばらの浮いた身体は抱き締めると折れてしまいそうで、そんな所も愛おしかった。

大学を卒業する頃には、彼女は15キロほど増量してすっかり標準体重に戻っていた。何でも美味しそうに食べる姿を見るのが嬉しくて、2人でたくさん美味しいものを食べに行ったものだ。女性らしく柔らかい体つきになっておっぱいもおしりも大きくなって、これはこれで好きだった。もう誰もガイコツ女だなんて言うやつはいなくなっていた。

大学を卒業してお互い就職してから、彼女は更に10キロほど肉付きが良くなった。慣れない仕事のストレスを食べることで発散していたのかもしれない。丸くなった顔は笑うとえくぼが出来るようになった。元々病気になる前はこれくらいのぽっちゃり体型だったらしい。写真でしか知らなかった昔の彼女に会えた気がして僕は嬉しかった。

僕たちが結婚した時、彼女は28歳。気づけばもう10年の付き合いになっていた。10年間で彼女の体重は2倍になっていたということになる。ウェディングドレスのためにダイエットするんだと彼女は言い張ったけれど、無理をしなくてもいいんだよと僕は言った。学生時代からずっと、僕は目の前にいる『今』の彼女を愛してきた。痩せる必要なんてない。そう言って彼女を抱き寄せる。僕の腕は彼女の身体を抱き締めるには少し長さが足りなくなっていた。

娘の3歳の誕生日、大きなバースデーケーキを丁寧に切り分ける彼女は108キロになっていた。娘に切り分けた分より倍も大きく切ったケーキを自分のお皿に乗せて、手に付いたクリームを嬉しそうに舐める。彼女は出会った頃とはすっかり変わり果ててしまった。でもそんな彼女のことも変わらず愛していると自信を持って言い切れることを、僕は誇りに思っている。この15年で増えた彼女の70キロは僕の愛なのだ……とまで言ったら言い過ぎだろうか。そんなことを考えながらニヤニヤしていたら、彼女は不思議そうな顔をしてこっちを見て、僕にもう一切れケーキを取り分けてくれた。僕たちは2人で、甘い幸せの味を噛み締めるのだった。

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