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ポイント・オブ・ビュー

俺はこの映画に命を懸けている。構想10年、企画が動き出してから3年。ようやく撮影にまで漕ぎ着けた。これは絶対に俺の代表作になる。主演の吉川くんは正直演技はイマイチだが、話題のイケメン俳優だ。きっと興行としてもうまくいくだろう。昨日も夜遅くまで脚本の修正をしていてあまり寝ていない。だが撮影現場に来ると目が冴えるのは不思議なものだ。さ、今日も一日頑張ろう。

「すみません、この先で今撮影をやってまして、申し訳ありませんがあちらの道から迂回していただけますか」今日何度目の声掛けになるだろう。この組に入って3年になるが、こんなに撮影が遅い監督は初めてだ。撮影は長引き、現場はピリつき、空気は重くなる。こういう現場は大抵、最後の方でスケジュールや予算を使い果たしてバタバタになるんだ。それを見越してなのか、既に弁当のクオリティが下がっているような気がする。監督は作家気取りなのかもしれないが、チームに気を使えないやつは何をやらせてもダメだ。こういう現場で作られた作品は絶対に駄作になる。あーあ、早く帰りたいなぁ。

彼女と出会ったのは制作記者会見の控え室だった。森川すず菜、期待の若手女優として名前は聞いていたが、こんな美人だとは思わなかった。俺はひと目で恋に落ちてしまった。撮影に入ってからも彼女は明るく、真剣に演技に向き合い、スタッフさんたちにもニコニコと気さくに接していた。なんていい子なんだ!相手役だということもあって、俺たちはたくさんの時間を一緒に過ごした。彼女と一緒にいるたびに、一緒に演じるたびに、俺はどんどん彼女のことを好きになっていった。イケメン俳優だなんて騒がれているが、実は俺は色恋に関しては奥手で、こういうのはどうしたらいいかさっぱり分からないんだ。あぁ、彼女ともっと仲良くなりたい!

出来上がった映画を試写で見た私は頭を抱えてしまった。徹頭徹尾どこを切り取っても面白くない。どうしようもない駄作だった。それでも売らなきゃいけないのが広報という仕事だ。訳のわからない脚本ながら、主演の吉川マコトはそれなりに熱演してくれてはいた。ヒロインの森川すず菜もまあ頑張ってくれてはいた。画だけならば持つカットはいくつかある。うまいこと繋ぎ合わせて予告は作ろう。ありがちなラブストーリーだよという方向で大衆受けを狙うか、アーティスティックな作品だよという売り方でコア層にリーチすべきか。興行収入だけを考えるならば前者なのだが、ラブストーリー目当てで来た客のクチコミでボコボコに叩かれてしまうのは避けたい。はてさてどうしたものか……この道20年のベテラン広報の腕の見せどころだ。

やっとクランクアップして、8月までは少し余裕が出来そうだ。脚本を読んだ時からクソみたいな作品だなとは思ったけれど、撮影現場はそれに輪をかけてクソだった。特に監督。将来性はありそうだなと思って引き受けた仕事だったけど、私の人を見る目もまだまだだったってことだな。反省反省。反省といえば共演者に手を出しちゃったのも良くなかった。最初から私に色目を使ってきてたし、イケメンだしちょっと試してみるかなと思って飲みに行ってセックスしてみたけどまあ期待外れ。そんなにイケメンなのにセックスは下手なのかよって笑っちゃった。1回ヤっただけなのに彼氏ヅラしてくるし、これからプロモーションで何度か会うのだと思うと気が滅入る。本当に良くなかった。人を見る目はある方だと思ってたけど、今回の現場ですっかり自信なくしちゃったなぁ。まあいいや。次いこ次。

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