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紫ババア

地元の田舎町に、『紫ババア』と呼ばれているおばあさんがいた。ド派手な紫色のウィッグを被り、紫色のフリフリの服を着て、ブツブツと独り言を唱えながら一日じゅう町をふらふらと徘徊している老婆だった。小学生の頃なんかは、「紫ババアと目が合うと魂を取られて死ぬ」だの「紫ババアのおしりを触ると願い事が叶う」だのと荒唐無稽な噂話もあって、登下校中に遭遇するとワイワイと騒ぎ立てたものだ。

先日、母から、「紫ババアって覚えてる?」と連絡があった。あぁそんな人いたね、懐かしいねと返すと母は、「あの人な、死んだんよ」と続けた。多少なりとも見知っていた人の訃報に全く心が痛まないでもなかったが、それでも縁もゆかりもないババアの死だ。僕は、ふーん、そうなんやと素っ気ない生返事を返した。そして母は続けた。「お母さんがな、紫ババアを継ぐことになったんよ」と。

継ぐ?どういうことだ?母の言っている意味が分からなかった。母があの紫ババアになるってことか?一体何のために?混乱する僕に、母はゆっくりと説明をしてくれた。

あの町にはかつて、『何か』がいたということ。その『何か』は町に災いをもたらし、大がかりな儀式によって封じられたということ。そしてその『何か』の封印を護るために必要なのが、あの『紫ババア』なのだという。紫ババアの死後、町では何度も会議が重ねられ、母はその役割に自ら立候補したらしい。にわかには信じられなかった。

紫ババアになるためにはいくつかの儀式が必要で、その過程で母は人の心をなくしてしまうのだと言う。その前に一度会いに帰って来て欲しいというのが母の望みだった。仕事をやり繰りして来週帰省する予定をねじ込んだ。正直まだ受け止めきれていないが、母との最期の面会をしてくるつもりだ。

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