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あなたのラストシーン

「あなたのこれまでの人生が映画化されるとしたら、どんな瞬間をラストシーンにしますか?」

大学の時、脚本の授業でそんな課題が出たことがある。ラストシーンをまず決めることで、それが何の物語だったのかを考えることが出来る、という趣旨だった。例えば高校時代の部活の最後の大会をラストシーンにするならば、それはおそらくスポーツや青春の物語になり、恋人との別れをラストシーンにするならばそれは恋の物語になるだろう。そういうアプローチもあるよ、という話だった。教授による課題の趣旨説明と、いくつかの印象的なラストシーンを持つ作品の解説があった後、それぞれが課題に取り組んだ。書ききれなかった者は宿題になって、翌週全員が発表するということになった。

大学生の、たかだか20年の人生だ。ラストシーンになるような瞬間もたかが知れている。高校時代の部活の話、恋愛の話、大学に合格した瞬間。そんな月並みな人生のハイライトが多かった。逆に現在から人生を遡って描いて産まれた瞬間をラストシーンにするんだというやつは、教授にツッコまれてつい先週、映画『メメント』を観たばかりだったことがバレてみんなで笑った。家族との関係にフォーカスした人のラストシーンは興味深いものが多かった。両親が離婚して会えなくなった父親に久しぶりに会いにいくシーン、大好きだったおじいちゃんのお葬式、ずっと反りが会わなかった兄と上京前に言葉を交わすシーン。やはり自分のパーソナルをさらけ出したものは人の関心を引くのだなと勉強になった。

僕が一番好きだったなと思ったのは、あまり仲良くなかったクラスメイトの吉川くんだった。彼の挙げた人生のラストシーンは、「空を見上げた瞬間」だった。何でもない日常の一コマ。バイトの帰り道。ふと空を見上げると、街灯がチカチカと明滅している。街灯の明かり越しに見える細い月。先生からの講評を受けて吉川くんは言った。

「僕のこれまでの人生を映画化するなら、ということで色々考えましたが、この21年、僕のこれまでの人生には映画に出来るような特別な出来事は何もありませんでした。それなら、『何もない』を描くしかない。このラストシーンは、これまでの僕の何もない人生のハイライトです」

あれから20余年。吉川くんはプロの脚本家になって、ドラマや映画を中心に活躍している。40歳を越えた彼がもし彼自身の人生を映画にするならば、彼はどんなラストシーンにするだろうか。吉川くんならまた、「僕には何もない」とか言って、コンビニでパンを買うシーンなんかで終わらせそうな気がするな。

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