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父のオーバーオール

帰省中、父から面白い話を聞いたので書き残しておく。

最後に東京に帰る日、家から駅まで父の車で送ってもらっている中で聞いた話だ。どういう流れだったかは忘れてしまったが、家族で初詣に行った時に父が履いていたGTホーキンスのブーツが、実は20年以上前に買ったもので、オフシーズンのたびにきちんと手入れして大切に使ってきたのだという話だった。そこから父は続けた。

「昔お父さんがよう着てたでっかいオーバーオールあるやろ?あれもまだ綺麗に残ってるんやで。あれはお前が生まれたぐらいの頃に買った、いや、もらったやつなんや」

これは父が昔着ていたオーバーオールを、いかにして手に入れたかという話である。

僕が子供の頃、父は仕事でよく九州に出張に行っていた。その時も、長男が産まれたばかりだというのに熊本に出張に出ていたようだ。休みの日、繁華街をぶらぶら歩いていると、ジーンズショップ『ビッグジョン』の新店舗が出来て開店記念イベントをやっていたようで、若き父はふらりと覗きに行ったそうだ。

それは、『ビールの早飲み大会』だった。1000円ぐらいの参加費を払えば誰でも参加出来る。今なら急性アルコール中毒が出たらどうするんだとか言われて絶対アウトな企画だが、まあそういうことも大らかに許されていた時代だった。お祭り好きで目立つのも好きだった父は、1000円で好きなだけビールが飲めるならいいやと、嬉々としてエントリーしたらしい。

てっきりジョッキでガブガブと飲むのだと思っていたら、いざ始まってみると少し様子が違ったらしい。ジョッキでビールが出てくるのは想像通りだったのだが、それをストローで飲まなければいけないというルールだった。「めちゃくちゃ飲みづらいしゲップは出るし、それにめちゃくちゃ酔っ払うんや」と父は笑いながら言った。それでも父は予選を突破して最終決戦の4人にまで残った。そして迎えた決勝。惜しくも優勝とはならなかったが、父は準優勝となった。賞品は、「店内にあるジーンズをどれでも1本無料プレゼント」という太っ腹なものだったらしい。

そこで父が目をつけたのが、店頭に飾られていたオーバーオールだった。「あれをもらおうか」「いや、あれはちょっと売り物じゃなくて…」「どれでもいいんちゃうんか」「いやちょっと…他のじゃダメですか?」「いや、あれがいい」「私では判断しかねますので店長に聞いてきます……」そんな押し問答があったようだ。これも今なら面倒くさい酔っ払いクレーマーだと言われても仕方ないような振る舞いだ。しかし店長さんは気前よく、差し上げましょう!と言ってくれたそうだ。そんなわけで晴れてオーバーオールは父のものとなったのだ。「まともに買ったら5万も6万もしたやつだったかもしれんな」そう言って父は笑っていた。

僕がまだ幼い頃の家族写真には、父がこのオーバーオールを着たものが何枚もあったのを覚えている。若い頃の笑福亭鶴瓶さんが着ていたような、可愛くて仕立てのいいオーバーオール。それでも40年以上経った今もまだ綺麗に残っているというのは驚きだ。お父さんもすっかりおじいちゃんになって、それより何より俺もすっかりおじさんになってしまったけれど、まだまだ元気でかっこいい父でいて欲しいものだ。

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