見出し画像

つまづいて思い出

朝トイレに行ってちょっとつまづいた拍子に、何故か昔好きだった人のことを思い出した。笑顔が可愛くてノリの合う面白い子だった。特に何か進展があったわけでもなく、ただ僕が一方的に好きだっただけ。もう15年も前の話だ。

疎遠になって連絡先も分からなくなってからももう随分経つ。彼女はどうしているだろう。あれから15年。もう彼女も40手前だ。誰かと結婚して子供もいたり、或いは職場でそこそこの地位にいたりするんだろうなと思うと不思議な気持ちになる。僕の記憶の中ではずっと20代のままなのに、現実の彼女はもう40手前で、おそらく太ったり痩せたりして、誰かのお母さんだったり、会社で部下に指示をしていたりするのだ。持ち前のネトスト気質を発揮して彼女の名前をググってみると、やり投げで優勝した高校生がヒットした。ちゃうねん。でもまあ彼女がヒットしたところで特に何をするわけでもない。昔好きだっただけで何もないままだった人はそのまま何もないままでいいのだ。袖すりあうも他生の縁、好きになるぐらいの縁はあったけれど、それは深い縁ではなかった。それだけのことなのだ。

それでもこの恋をハッピーエンドにしてあげたいなと妄想をしてみることにする。僕がトイレの入り口でつまづいた朝。同じように彼女も駅の段差でつまづいた拍子に、何故か僕のことを思い出す。昔ちょっと仲がよかった、ちょっと年上の愉快なお兄さん。別に実は彼女も僕のことが好きだったとか、そんなことはなくたっていい。何故か思い出して、元気にしているかなと思って、でもネットで名前を検索して安否を気遣うほどじゃなくていい。そして彼女は電車に乗って、空はとっても晴れていて、この恋のためにYOASOBIが書き下ろしてくれた曲がかかってエンディングだ。うん、悪くない。15年前の何も起きなかった恋がひとつここで報われた。シャワーを浴びて洗濯物を干したら出掛けよう。出先でたまたま15年ぶりに彼女に会うなんてこともなくていいし、あったらあったでそれはそれでいい。

この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

よろしければサポートいただけると、とてもとても励みになります。よろしくお願いします。