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告白の代償

私は現在、好きな人に好きだと告白をした罪で訴えられて裁判の途中である。

私はファストフード店の店長をやっていた。三流の経済大学を卒業したなんの取り柄もない人間の就職先なんてそんなもんだ。仕事は大変だったが、それでもやりがいを持って頑張っていた。相川くんは店でバイトをしてくれていた大学生だった。サークルのない火曜と金曜、あとは土日のどちらかの夕勤を中心にシフトに入ってくれていた。相川くんがお店にいると自然とお店全体が明るくなるような、そんな子だった。この子ならお店を任せられる、ぜひうちのお店で働いて欲しいと採用の判断をしたのは私だった。相川くんは本当によく頑張ってくれていた。一緒に働くうちに、いつしか私は相川くんのことを特別な目で見るようになっていた。好きになってしまったのだ。

私は店長である。立場がある。歳だって相川くんよりもふた周り近く上だ。それでも好きという気持ちを抑えることは出来なかった。お店が終わってたまたま相川くんと一緒に帰ることになった帰り、私は相川くんを食事に誘った。店のこと、相川くんの大学のこと、そして私のこと、少しお酒も飲みながらそんな話をして盛り上がった。そしてその帰り道、私は相川くんに想いを伝えた。それっきり相川くんは店に来なくなった。そして相川くんは私のことを訴えた。

精神的な苦痛を受け、店を辞めざるを得なくなった。プライベートでもLINEのやり取りを強要されていた。普段から嫌らしい目で見られていた。店長という立場を利用したパワハラとセクハラの合わせ技だった。それが相川くんの言い分だった。確かにプライベートなやり取りもあったが、私としては別に強要していたつもりもない。好きという気持ちを伝えたのだって、出来るだけ言葉を選んで無理強いをしたわけでもない。しかしそんな私の言い分は通用しなかった。相川くんは一方的に私に訴状を叩きつけてきた。とは言え私だって相川くんの言い値で慰謝料を払うわけにもいかない。私はただ自分の想いを告白しただけなのだ。私たちは民事裁判で争うこととなった。

裁判がどう転ぶかはまだ分からない。おそらくいくらか減額にはなるだろうが、私は相川くんに幾らかの慰謝料、或いは示談金を支払って決着というのが現実的な落としどころなのだろう。しかしいずれにせよ、私が失恋をしたということは変わらない。私はただ好きな人に好きだと伝えただけなのに、それはこんな裁判沙汰になってしまうような悪いことだったのだろうか。人が人を好きになるということは、年齢や性別やそういう全ての壁を越えたっていい素晴らしいことなんじゃないのか。そんなのは綺麗事だ。私のやったことは、裁判沙汰になるほどではなかったにせよ、迷惑行為だったのだ。今は反省している。告白なんてしなければ、好きになんかならなければこんなことにはならなかったのに。そんな後悔も後の祭りだ。裁判所からの帰り道、道端で大きな蝉が死んでいた。夏ももうすぐ終わりだ。

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