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【ショートショート】炎上じいちゃん

 じいちゃんが炎上した。
 医者から、DNA的にもうそろそろだろう、とは言われていた。だから、半月前から納屋に籠っていた。うちの納屋は、母屋から百五十メートルの場所にある。これだけ離れていると、中の声は全く聞こえない。
 と言っても、納屋は家の裏手にあり、小学校は勝手口から行った方が早いから、毎朝、じいちゃんの前を通ることになった。僕が学校に行く時間は、もちろんじいちゃんも知っていて、その時間になると狙いすましたように喚き声とかうめき声が聞こえてくる。じいちゃんに一番かわいがってもらっていた僕は、無視することができない。
「お前、まさか……たけしか!」板壁の向こうから、わざとらしい驚きの演技。こういうところがチャーミングだ。「じいちゃんな、最後にようかんが食べたい。学校帰りに、買ってきてくれんかの」
 三年前、うちの村のはずれに大きな和菓子工場ができた。その頃から、傷ものや賞味期限が近くなってしまった和菓子が、破格の安さで商店やスーパーに並ぶようになった。もちろん、近所の駄菓子屋も例外ではない。小さいころは、もっといろいろな駄菓子が置いてあった気がするが、すっかり和菓子屋だ。
「ありがとう、たけし! 明日は、いちご大福が食べたい」
「明日は葛切りが食べたい」
「明日はみたらし団子が食べたい」
 毎日毎日、じいちゃんの要求は続いた。じいちゃんばかり相手にしていたら、友だちと全然遊びに行けない。じいちゃんの炎上はまだか。たけしは祈るような気持ちで、毎朝、納屋の前を通り過ぎ、帰りに和菓子を買いつづけた。
「明日はシュークリームが食べたい」
 シュークリームと言っても、本物ではない。商店街の今川焼屋さんが作っている、シュー生地の代わりに今川焼の生地を使った、新感覚スイーツのことだ。駄菓子屋なら学校帰りに帰る。それが、商店街となると別だ。たけしは我慢しきれず、聞いた。
「なあじいちゃん、いつ燃えるん?」
 その時だった。納屋の天井が吹き飛び、巨大な火柱が立ったのだ。
「すげえ、じいちゃん! 炎上しとる! じいちゃん、じいちゃん! 最後に何が食べたい!」
「肉じゃ。肉もってこい。じゃんじゃん、生肉を放り込め。焼肉じゃ! バーベキューじゃ!」
 たけしは、家の冷蔵庫から、ありったけの肉を、吹き飛んだ納屋の屋根越しに投げ入れた。すぐに足りなくなったので、隣の根本さんちの冷蔵庫からも、ありったけの肉を持ってきて放り込んだ。
 辺り一面、肉の焼ける香ばしい匂いでいっぱいになった。その匂いにつられた人たちがふらふらと炎上する納屋の周りに集まってきた。
「たけしくん、何焼いとるん?」
「肉」
「なんの肉?」
「じいちゃん」
 そう聞くと、みんなひどい顔をして逃げていった。
 こんな美味そうなもの、人に譲ってたまるもんか。
 どうせ、僕が炎上するまであとわずかな時間しか残ってないらしいし。
 たけしは納屋を開け、中に入って鍵を掛けると、焼けた肉をむさぼるように食い、満足したところで、そのまま燃えた。
 デザート、僕の分も買っときゃよかった。
 そう思って、足元を見ると、ようかんが一切れだけ残っていた。

Photo by Ricardo Gomez Angel on Unsplash

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