学問のすゝめ
天は人の上に人を造らず
人の下に人を造らず
この言葉を聞いたことがあるだろうか?
知らないという人は今聞いたから覚えてほしい。
福沢諭吉を知っているだろうか?
誰もが知っているはず。1万円札のあの人だ。
じゃあ福沢諭吉は何をした人だろうか。
なんて掘り下げていくと実はみんな
知らないコトのほうが多いかもしれない。
タイトルにもあるように
学問のすゝめ
という本がある。これもかなり有名だ。
聞いたことがある人も多いと思う。
恥ずかしながら24年生きてきて、興味を持つことがなかった。
今までの人生で歴史の偉人とか、そういったものを深く知ろうと
思ったことはなかったし、それでも生きてこれているのだから
いいんじゃないかと思う。
でもこのご時世で、少し読書の傾向を変えてみた。
今日読み終えたのは、
『そして歩き出す』早川史哉
白血病にかかったプロサッカー選手が復帰するまでのリアルな話だ。
こういう本は意外とみんな読むことが多いんじゃないだろうか。
プロサッカー選手の話だし、自然と興味がわいた。
ちなみにKINDLE版で、期間限定無料公開しているからぜひ読んでほしい。
そして多くの人に白血病のことを知ってもらいたいと思った。
話はそれたが、そんな中、kindleがおすすめしてくるのだ。
学問のすゝめを。
これもkindle版では無料になっていたからすぐダウンロードした。
軽く読んだだけなのだが、少し紹介したい。そしてこれからの未来ある人たちに、少しでも早く読んでもらいたい。この本を読んで何かを感じることができる人はきっと、この先の人生を大きく変えられるのかもしれない。
この本、実は現代語訳されていない版だったので、
多少ニュアンスが変わってしまうかもしれないが、軽く紹介しようと思う。
学問のすゝめ
冒頭はこんな感じで始まる。
人間はうまれながらにして差があるのだろうか?
賢い人、愚かな人、貧しき人、富める人、貴人、下人もいるが、この相違は何が理由なのだろう?
それは 実語教 に示されている
(人学ばざれば智なし、智なき者は愚人となり)と
つまり賢人と愚人の差は学ぶか、学ばないかの差なのだ。
世の中には難しい仕事、簡単な仕事がある。
難しい仕事をする人を身分が重い人
簡単な仕事をする人を身分が軽い人
全て心を使い心配をする仕事は難しくて
手足を用いる力仕事はやすし。
だからこそ、医者、学者、政府の役人
または大きな商売をする人を身分を重くして貴き人というのだ。
身分を重くすれば家も裕福になる。
下々の人からみれば、届かないようなものに感じるかもしれないが 実語教を辿れば
その人に学問の力あるとなきにおいても
相違がある、だから天から定められたものなんかではないのだ。
天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり
ただ学問を勤めて物事をよく知る人は貴人となり富人になり、無学なる人は貧人となり下人となる。
ここでいう学問とは、ただ難しい言葉を知り
難しい古文を読み、和歌を楽しむ、詩を作る。などということではない。
いま、取り組むべき学問は
勤める人であれば、普通日用に近い実学である。
こう記されている。(本当に最初の3%くらいにこれが書かれている)
いや全部当たり前のことだ。
でもみんな本当に理解してるだろうか?
改めて文章にしてみると、その通りだけど本質って意外と
忘れがちで、抜けてしまう。
勉強をしろという大人たち
子供のころみんなよく言われたはずだ。
勉強しなさいと。
そのたびに自分はこう思っていた。
『こんな公式が何の役にたつんだよ』
『現代文なんて本と一緒じゃん』
大人になってみたけどやっぱり使わない。
それはもしかしたら自分がそういったものを使わない世界にいるからかもしれない。
けれども福沢諭吉はこういっている。
学ぶべきは日用に近い実学だと。
本当にまだ3%しか読んでないからこれ以上話せない。
もっと読み進めて、より理解していきたいと思った。
けどこれだけは言える。
学びをやめてしまったら、その時点で愚人になってしまうのではないかと。
何も考えず、楽な選択をしつづけていたら
世の中に納得がいかなくても、勉強をして政治の世界に立つ人たちに左右される。
納得がいかないのであれば、反論できるだけの人物になる必要がある。それが総理大臣なのか、なんなのかは置いておいてだ。
自分にとってなにが必要なものなのか
自分で考え、学んでいく。
明治時代からずっとかわらないことなのだ。
現状を変えたいと思うのなら
とにかく学ぶこと
警戒宣言が解除されたことで、徐々に日常を取り戻せるかもしれない。
でもその日常に甘えた人生にしてはいけないと、**明治時代から背中を押された気がした。 **
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