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【短編小説】 見えない色

消える絵画

私が通う高校の七不思議のひとつに「消える絵画」がある。

それは美術室の後方窓側にある、そこそこ大きな絵画で、赤や青、黄色等の色を存分に使い、カラフル(と言うには少し暗いが)に仕上げてある。

似た絵は何かと言われるとピカソを連想するような、そんな色使いの絵だ。

何よりこの絵画には不気味な所があり、それは中央に描かれた女性。
無表情さといい、青白がった肌といい、「呪われた絵画」と言わしめるだけの気味悪さを兼ね備えた絵画だ。

「ここに写る女性が、夜には消えてるってことなのかな?」綾香が例の絵画を見ながらつぶやく。
「そうらしいよ。どうせ作り話だろうけどね。」
「で、でも、目撃者も多いんだよ。警備員の人も見回りのとき見たって!何より気持ち悪い絵だし。」

目撃者とは夜中に美術室を訪れた際に、絵画に描かれてるはずの女性が消えているというものだ。

私は気味の悪い絵画ゆえに、それ関連の怪談話が広まったとみている。

「悲惨な最後をとげた女性がモデルで、夜になると生前の未練を晴らすために絵画の中から出てきては彷徨ってるんだって。」
「アホらしい。そんな訳ないって。」

綾香は怖がりだ。そのくせして、自ら怖い想像を膨らませるのだから世話がない。

「綾香、目撃者って遅くまで残ってた吹部の連中と事務員と警備員だっけ?」
「他にもいるらしいんだけど、私が調べた限りそれだけかな。」
「となると、あと話を聞くなら警備員くらいか。」

新聞部の私たちは活動の一環でこの七不思議の調査を行っている。この手の話題は注目も浴びるし、月刊も作りやすい。

ただし、中途半端な結果だと内容が薄く面白みがないので、せめて目撃者が納得できるような調査結果は欲しい。

つい先程、吹部の目撃者とは話をしてきたが、正直これと言って手掛かりはなかった。

3人一緒に目撃したのにも関わらず証言がバラバラだったのだ。

1人は絵画から女性だけが消えたと言って、別の1人は絵画が別の絵に変わってるようだったと話す。もう1人に関しては女性は写っていたけど薄く消えかかっていたとのこと。共通するのは女性が消える、または消えそうだという点。

これだと「消えた絵画」の正体をこじつけようにも方法がない。

事務員の人は誰が目撃者なのか分かっていないので取材ができなかった。

最も有力な情報が得られそうなのは佐山という警備員の目撃証言だろう。事前に聞いた感じだと、彼は当時のことを具体的に覚えているらしい。

警備室に着くとすぐに佐山さんを見つけた。
彼は事務作業の最中だったが、新聞部の取材の旨を話すと「高校生らしいね」なんて笑みを浮かべながら、取材を快く了承してくれた。

「まずは、当時どんなふうに絵画を目撃したのか教えてくれませんか?」
「あの日は見回りの時間が遅れてね、かなり暗くなってたな。急いで見回りをすまそうとしていてね。その時、美術室によったんだよ。そして廊下から教室を覗くと絵画の女性が消えていたんだ。」
「本来見回りの時間はもっと早いんですか?」
「そうだよ、完全下校のすぐには行うよ。だから通常の見回りは明かりをつけたままするんだけど、その日は時間帯が遅いのもあって消灯のまま見回りをしたんだ。」
「消えた絵画はどんなでした?」

綾香の質問に佐山さんはテンポよく応えてくれた。

「それが不思議な感じがしたんだ。確かに女性は消えて見えたんだけど、なんか絵の雰囲気が違うというか。よく見えない感じというか。」

よく見えない?にもかかわらず女性が消えたと断言している。

「すいません佐山さん。近くで絵を見た訳ではないんですか?」
「うん。教室の廊下側の窓から覗いただけだから。施錠もされていたし。」
「消灯中に遠くから見ただけだったので絵画が見にくかっただけじゃないんですか?」
「いいや。確かに暗かったけど、あの時絵画はよく見えていたよ。ちょうど外の街灯の光が美術室に差し込んでいてね。特にあの絵画には綺麗に当たってたんだ。だから驚いたよ、はっきりと照らされた絵画から女性が消えてたんだから。」
「その街灯ってあそこのやつですか。」私はそれと思われる街灯を指して言った。
「そうだよ、あの街灯は付いても暗くて見えづらいから変えようって話にはなってるんだけど、なかなか進まなくてね。警備員としては早急にLEDとかに変えてもらいたいんだけどね。」

なるほど。「消える絵画」の正体が分かったかもしれない。となればあとはそれを確かめるだけ。

「佐山さん。少しお願い聞いてもらっていいですか。」

見えない色

顧問の許可を得て私と綾香、それと佐山さんは一緒に見回りをすることになった。

「やっぱり生前の未練を晴らすために?」
「違うよ。そんなオカルトチックなことじゃないと思うよ。」
「私の見間違えかな。」
「いいえ。佐山さんの証言は正確だと思います。」
「それじゃどうして絵画から女性は消えたんだい?」佐山さんは本当に分からないという顔をしている。
「実際に見てみないと私も分からないので、まずは美術室で話しましょう。」

できるだけ遅めの時間がよかったので、美術室は最後に見回りをすることにした。

校舎内の見回り中、綾香はワクワクを隠せない様子だった。夜の校舎を冒険だとか言っているが、まるで子供だ。
見回り中、他の目撃証言を整理しながら私たちは美術室に着いた。

「絵画に女性は描かれてるね。」やはり普通に絵画を見ても女性が消えることはない。
「うん。まずは佐山さんの証言を再現しよう。」
そうやって私たちは美術室の明かりを消し、廊下から暗くなった美術室の後方窓側を覗いた。

「えっ、嘘!」
「あの時と同じだよ!でも、なんでだい?」

そこから見える絵画には女性はいなかった。外の街灯に照らされてるのにも関わらず、まるで消えたかのように。

「ねぇ、どうして?」
「まずは美術室に入ってみようよ。」

私は2人を誘って美術室後方の絵画へ向かった。今度は電気を消したまま。

「消えてない。消えてないよ!えっ、でも、なんで?」

絵画を間近に驚く綾香。そんな彼女に私は答えた。
「ナトリウムランプだよ。ナトリウムランプの演色性が低いせいなんだ。それにより色の見分けができない錯視効果だよ。」
「どういうこと?」
「ナトリウムランプは黄色の光のみを発色するから絵画の赤色や青色、黄色なんかの色彩の見分けができないんです。色の濃淡のみが分かるので絵画の女性は消えたように見えたんです。教室や廊下の電気が消えた今、外の街灯だけが絵画を照らしてます。あの街灯はおそらくナトリウムランプを使用しているのでこの現象が起きたんだと思います。」
私は佐山さんに説明するように話した。

「例えば、古いトンネルなんかはまだナトリウムランプを使ってるから分かると思います。オレンジの光で満たされたトンネルの中じゃ、車の色が分からなくなるので。」

「じゃあ、私は絵画に描かれてるはずの女性が見えなかっただけなのか。」

「そうだと思います。吹部の3人の証言がバラバラだったのも、なんとなくですが説明がつきます。」
2人が私の話に集中しているのを確認して、そのまま続けて説明する。
「今みたいに間近で見ると女性が見えるように、いくら演色性が低いと言っても色覚能力には個人差があります。それで見え方が変わったんじゃないかと。加えて絵画自体も少し暗い色合いなので暗室では見えづらくもなります。あと、吹部の3人は夜の校舎が怖くて美術室を一瞬覗いただけでした。佐山さんも見回りを早く済まそうと急いでいたので絵画をゆっくり見ることはなかったと思います。」
「確かに、そうだったな。」
「呪われてる訳じゃなかったのね。」
「だから言ったじゃん。そんなんじゃないって。」

幽霊見たり枯れ尾花。分かってしまえばそんなものだろう。月刊の記事としては良いものが書けそうだ。

ただ、一つだけはっきりしないのは事務員の証言だ。彼女は絵画から女性が消えたのと同時に、絵の前に立ち尽くす女性を見たそうだ。描かれている人とも全く酷似した女性を。この推理ではこの現象を説明できない。

そんなことを考えていると、一瞬絵画の女性が動いたように見えた。

「まさかね。」

私は背筋に得体の知れない恐怖を感じた。絵画の女性と目が合ったように感じた私は顔を伏せて目を逸らした。

そして、目を逸らしたまま絵画を背後にし、足早に2人を連れて美術室を後にしたのだった。

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