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夢日記第1話/接点

みなさんは夢をどんな形で見るだろうか?
私が見る夢は2種類。
夢の中で夢と自覚している夢と、夢とは気付かずに見る夢。
夢とは気付かずに見る夢は目が覚める直前までは覚えていても、目が覚めた瞬間から急速に記憶から消える。
逆に夢と自覚出来る夢はかなり記憶に残る。
そのため、その類の夢はメモを取るようにしている。
その中からいくつか紹介していきたい。

我が家の家族構成は私と嫁さんと社会人2年目になる娘の3人。
籍を入れてから25年ほどになる。
毎日かなりの会話を嫁さんと交わすし、買い物も一緒に出るので夫婦仲は良い方だと思う。
住まいは戸建てで、嫁さんの妊娠を機に新築した。
ただ私は嫁さんに一生頭の上がらない事をやってしまった過去がある。
浮気である。
それもただの浮気ではなく、ほぼ本気になりかけ2年近く続いた浮気だ。
もう15年ほど前の事になるが、今でも嫁さんの心には深い傷として残っているだろう。

嫁さんとの出会いは私が車の営業職をやっていた時だ。
修理で入庫した車の納期が当日の夕方で、部品の配送を待っていては間に合わない事があった。
そういう場合は配送を待たずに部品センターへ直接取りに行く事になる。
系列の部品センターは車で15分ほどの距離。
一般の客でも部品を購入する事が出来るが、よほどのマニアでない限りは利用する事が無い場所だ。
あらかじめ電話で直接受取の旨を伝え、通い慣れた道を愛車兼営業車で部品センターへ向かう。
部品センターの駐車場に車を止めると、何の飾り気もない建物の受付へと歩き出す。
季節は10月。
残暑でまだ暑かったが、その日は風があり自動ドアは開いたままの状態だった。

「こんにちは、先ほど電話した広田ですけど」
奥の机に年配の男性が2人座っているが、私の声掛けに立ち上がりもせず倉庫の奥に視線を移す。
「今持って行きま~す」
倉庫の奥から女性の声が聞こえ、若い女性が小走りで走ってきた。
歳は私より少し下くらい、ものすごい美人というわけではないが、清潔感があって笑顔が素敵な女性だった。
納品書にサインをして部品を受け取る。
ふとカウンターの上に置いていた映画の割引チケットが目に入る。
セブンという映画で、サスペンス好きな私が見に行きたいと思っていた映画だ。
「この割引券、もらってもいいですか?」
そう言うと女性は少し驚いた表情をした。
「あ、どうぞ。面白そうですよね、この映画」
「でも内容が内容で私の友達には見たいって人がいないんですよ」
縁というのはこういうものなんだろう。
この時、私の口から流れるように言葉が出た。
「じゃあ一緒に行きましょうか?」
再度驚いた表情をした女性は答える。
「ですね、ご一緒します」
お互いの電話番号を交換してその場は会社へと戻った。
奥に座っていた男性2人がこちらをじっと見つめていたが、立場的にはこちらが上なので何の問題もない。
その日の夜にお互いの休日を確認し、翌週の水曜日に行く事にした。
彼女の名前は加奈子。
歳は私の3つ下だった。
念のために彼氏がいるか聞いたが、募集中ですと言われ少し安堵した。

当日、彼女の家の近くまで車で迎えに行く。
さすがに初対面の女性に対して細かい住所までは聞けなかったので、近所のドラッグストアーの駐車場で待ち合わせた。
車内ではお互いの会社の不満や共通の人物の話題で盛り上がり、初デートでありがちな微妙な空気感に包まれる事なく映画館へと向かえた。
しかし映画のラストシーンに衝撃を受け、盛り下がった気分でスクリーンを後にする事になる。
「すごいラストでしたね」
映画館が入っているショッピングモールを意味もなく歩きながら彼女に言う。
「はい、あのラストは想像できませんでした」
バッドエンドのストーリーだが、逆にこれが良かったのかもしれない。
「気分転換に晩御飯も一緒に食べませんか?」
彼女は私を見ると嬉しそうに笑い言った。
「ご一緒します」

そこから交際が始まり、約1年半後の6月に式を挙げる。
3年後に子供を授かり家を建て、嫁さんとなった加奈子は職を辞め専業主婦となった。
籍を入れてから10年後、私は中古車店を営むため職を辞め独立した。
前職の経験を活かしつつ、ニッチなジャンルで勝負したためか経営は順調だった。
収入も大幅に増え、社員を雇う事で自由になる時間も増えた。
ある日、事務所でのんびり外を眺めていると1台の車を見ている女性に気が付いた。
暇な事もあり社員に行かせず自分で応対することにする。
「お車お探しですか?」
脚線が際立つスキニーにパンプスを履いた女性はこちらを振り向くと軽く頷いた。

言葉に出来ない衝動が胸を打ち痛む。
歳は私よりもかなり若い。
身長は160センチを少し超えた程度だろうか、体重は不明だがスタイルは抜群だ。
一目惚れだった。

「この車と同じ車に乗ってたんですけど、ぶつけて廃車にしてしまったんです」
「やっぱりこの車しかないかな~と思いながら見てました」
私の好みにピッタリと嵌るその女性は、メタリックブルーのスポーツカーを見つめる。
「よろしければお見積りだけでもどうですか?買う買わないは関係ありませんので」
冷静を装い問いかける私に女性は少し空を見上げ、
「じゃあ見積もりで終わると思いますけどおねがいします」
と答えた。
私は少しでもこの女性と接点を持ちたくて利益度外視、いや完全に赤字の見積書を作って提示した。
女性は支払総額を見ると驚いた表情で言う。
「事故車とかじゃないですよね?安すぎませんか?」
私は手を顔の前で振りながら答える。
「いや、オークション経由で仕入れた車なので事故車じゃない事は保証できます」
「ちょうど在庫入替で無理にでも数台捌かないといけないんですよ」
有り得ない安さを適当な理由で誤魔化すが、代表取締役と印字されている名刺に彼女は納得したようだ。
「この車がこの値段って絶対にないですよね」
独り言のように呟く彼女に答える。
「絶対にないですよ。全国探しても同条件なら最安値でしょうね」
最安値どころか業販で問い合わせがくるレベルである。
彼女はフッと溜息をつくと私を見て言った。
「買います。車は出会いですからね、勢いも必要だし」
応対から僅か1時間弱で彼女は200万円の買い物を決めた。
車の買い方としては間違ってはいない。
あれこれ悩むよりも、即決で購入した車の方が満足度が高い事の方が多い。
車は生き物だから。
それと私にとっての朗報もあった。
女性が車の購入を一人で決めるという事は、その女性は結婚しておらず、かつ彼氏やそれに近しい存在もいないという事だ。
美人過ぎる女性に彼氏がいないという事は結構ある。
相手がいて当然と思われるし、高根の花なので相手にされないと思い声を掛けにくい。
注文書にサインをもらい、必要書類の説明と前受金の話を済ませると、女性は一礼して店を後にした。
その日を境に私の心は浮ついていた。
逆に浮ついた心を隠すように、今まで以上嫁さんに話しかけていたかもしれない。
ジグソーパズルのピースが埋まっていくような感覚を覚えた。

彼女の名前は中川由利。
歳は私の8つ下。
家は店から歩いて10分ほどの12階建て賃貸マンションの5階で、職場は車で10分ほどの所にあるエステティックサロンだ。
田舎のマンションなので戸数分の駐車場が確保されており、管理組合からの承諾書もすぐに手に入った。
駐車場の見取り図を書くために現地へ赴く。
彼女が借りている28番の位置を確かめ、手短に見取り図を作成する。
そのまま所轄の警察署へ向かい、車庫証明を申請して事務所に戻った。
事務所でのんびりと彼女の事を考えていると携帯が鳴る。
何も考えずに出るとその彼女からだった。
「印鑑証明書を取ったんで、今から持って行っていいですか?」
慌ててしゃべり方に覇気を込めて答える。
「はい!いま事務所にいますんで大丈夫です」
30分ほど待っただろうか、彼女は自転車に乗ってやってきた。
少し息を切らせながら事務所に入ってくる。
「すみません、印鑑証明書は持って出たんですけど、肝心の実印を忘れて取りに戻ってました」
舌を出すような素振りをしながら彼女は案内した商談テーブルへ座った
他愛のない挨拶と雑談をしながら委任状に実印をもらい、納車予定日の話をする。
「来週の水曜日に車庫証明が出るんで、木曜日の夕方以降であれば納車できます」
商談テーブルに置いている卓上カレンダーの端を持ち、彼女へ向けて説明すると、反対側の端を彼女も持って考えている。
胸が痛い。
「夕方だと車も多いから金曜日の10時にしようかな。仕事は有給取ります」
滞りなく納車日まで決めると彼女は立ち上がった。
事務所から出る時に扉の横に貼っているポスターに目をやり足を止めた。
地元のフットサルチームのポスターである。
特にフットサルに興味があるわけではないが、何かしらのメリットがあればと協賛企業として参加していた。
来週の土曜日に開催される試合の告知ポスターだ。
「フットサルお好きなんですか?」
間髪入れずに問いかけた。
「いえ、見た事はないんですけど、職場の友達がこのチームのファンなんです」
少し間を置き、勇気を出して彼女に言った。
「じゃあこの試合、一緒に見に行きませんか?」
胸の鼓動が早くなるのが分かる。
彼女は明らかに戸惑っている様子で私の左手を一瞬見た。
私は指輪を敢えて隠さず、堂々と彼女に言う。
「恥ずかしながら私も見たことないんです。1度見てみたいんですが、誰も一緒に行ってくれなくて」
あくまでもフットサルの試合がメインだいうニュアンスを伝える。
彼女は少し微笑んで答えた。
「じゃあ新しい車の試運転も兼ねて」
ジグソーパズルが完成に近づく。

そこから由利との付き合いが始まる。
私が既婚者だという事は由利も知っていたので、はじめて男女の関係になる時は半ば強引だったかもしれない。
それでも1度関係を持つと、逢う度に由利は心を開いていってくれた。
容姿はもちろん、夜の関係も相性が抜群だった。
髪の毛1本から爪ひとつ、体臭に至るまで全て私にとっては満点で、私のために生まれてきたんじゃないか?とすら思えた。
なぜ結婚前に由利に出会わなかったのだろうか?
絶対に考えてはいけない事だが、脳裏に浮かばなかったかと問われると嘘になる。
どんどんと深みに嵌っていく自分を見つめながらも、家庭を壊さないようにと冷静に考えている自分もいた。
私の生活リズムは由利を基準に回り出したが、家の用事も疎かにしないように努めた。

由利と付き合いだしてから半年ほど過ぎた時、夜中に目が覚めた。
横に目をやると嫁さんの姿がない。
トイレにでも行っているのかと思ったが戻ってくる気配がしない。
少し心配になり静かにベッドを出る。
2階の寝室から足音を忍ばせながら1階へと降りた。
リビングに薄っすらと明かりが灯っている。
ゆっくりとドアを開けると、携帯電話を開いた嫁さんが座っている。
よく見ると開いている携帯は私の携帯だった。
一瞬パニックになり、咄嗟にリビングの電気を点ける。
暗闇が蛍光灯の光に満たされても嫁さんは微動だにしない。
「何してるの?」
しゃべりかけながらゆっくりと近付く。
携帯の画面は彼女とのメールの画面だった。
メールの画面を開いたまま、嫁さんの動きは完全に止まっていた。
そして私の携帯の画面が嫁さんの涙で濡れている事も確認できた。
「しまった」
人生で最も後悔した瞬間である。
何をどう言い訳しても言い訳にならない事実が嫁さんの手元にある。
私は意を決して嫁さんに話しかけた。
「ごめん、他に付き合っている女性がいる」
嫁さんはゆっくりと頷く。
「バレてしまった以上離婚も仕方ないと思ってる」
「もちろん家のローンは俺が払うし、子供の養育費もしっかりと払う」
そう言うと嫁さんは泣くのを必死に堪えながら言った。
「離婚したいの?」
いや、離婚したいわけではない。
ただ彼女と別れる事は今の自分にはできない。
思った事をそのまま嫁さんに伝えた。
嫁さんは涙を拭き、私を見て言った。
「私は離婚したくない。でもあなたが離婚したいのなら仕方ないから従います」
私は男として最低である。
この期に及んで重要な決断を嫁さんに委ねる卑怯者だ。
「俺は離婚したくない、でも彼女とも別れられない」
「それでも構わないのなら、この生活がしばらく続くと思う」
嫁さんは手を握りしめながら答える。
「離婚しなくて済むなら私が我慢するよ」
私は本当に最低な男だ。

次の日から嫁さんの態度は元通りになった。
今まで通り仕事に送り出してくれるし、家に帰ってきても笑顔で迎えてくれる。
私が由利と出かける時も何処に行くのかなどと詮索もしない。
怖いくらいに私の都合が良い生活が続く。
1年ほどこの二重生活を続けていたが、崩れる時は一瞬だった。
由利の家でテレビを見ていると、由利が真面目な顔で私の横に座った。
何事かと由利を見る私の目をしっかり見つめて由利は言った。
「奥さんと別れて」
いつかは言われると予想していたが、その時は唐突に訪れた。
あの時、私が口を開く事が出来るまで、どのくらいの時間が必要だったのだろうか。
由利は私が答える前に続けた。
「やっぱり奥さんとは別れられないよね?返事できないもんね」
我慢してはいるが、由利の目は涙でいっぱいだ。
「ずっと思ってた。いけない事だって。でももしかしたらって思ってたけどやっぱり無理だよ」
「今奥さんと別れられないなら、もう今日で終わりにしてください」
深々と頭を下げる由利に私は何も言うことが出来なかった。
8つも下の女性にここまで言われて何を言い返せるだろうか?
本当に情けないが、私は「ごめん」の一言だけを伝えると由利の家を後にした。
私は本当に最低な男だ。
完成する事の無いジグソーパズルが音を立てて崩れた。


家に戻り嫁さんに由利と別れた事を伝える。
実際は振られたのだが、変なプライドが邪魔をしてそこには触れる事が出来なかった。
「そうなんだ、よかった」
夕食の準備をしながら嫁さんは大した事ないような口ぶりで答えた。

次の日もいつも通りの生活が始まった。
由利はもう私のものではないという1点を除いて。
由利との別れは後悔してもしきれないし、後ろ髪は引かれっぱなしだ。
女々しいと言われようが由利以上の女性に出会う事は金輪際ない。
ただ私には嫁さんを捨てるという選択が出来ない以上どうする事も出来ない。
1か月ほど経った日、事務所に着払いで宅配便が届いた。
由利からだった。
中身は私が由利の家に置いていた私物。
別に捨ててもらっても良かったような物ばかりだ。
最後の手紙も何もない。
その日の夜、避けていた由利の住むマンションの前をさりげなく車で通る。
駐車場の28番に車を探すが何も止まっていない。
胸が痛んだ。
次の日も、その次の日も由利の車を探すが、駐車場に止まる由利の車を見る事は無かった。
ふと思いついた方法を試す。
不動産屋のHPであのマンションの空き部屋情報を調べてみた。
CMでも有名な不動産屋のHPに、由利が住んでいた部屋の情報が掲載されていた。
何とも言えない想いを抱いたまま、時間だけは決められたスピードで過ぎていった。

娘が高校生になり、家の雰囲気も元に戻っているかに思えた。
由利への想いも薄らいでいたとはいえ、ゼロか?と問われるとそうではない。
女々しいが気が付くと心の片隅にジグソーパズルの欠片があった。
そんなある日の夜、夢を見た。
私は車を駐車場に止め車を降りる。
部品センターだった。
これは夢だな、あの日の続きだ。
客の部品を取りに来たあの日を思い出し受付に入る。
カウンター越しに声を掛けるが奥に座る年配の男性2人は座ったままだ。
「今持って行きま~す」
奥から女性の声が聞こえ、出会った頃の嫁さんが小走りでやってくる。
納品書にサインをして部品を受け取る。
カウンターには映画の割引券がある。
この割引券から嫁さんとの付き合いが始まる。
割引券の話題を振らなければ嫁さんとの縁は無かったのだろうか?
嫁さんとの縁が無ければ、もしかしたら由利と結婚していたのか?
ふと目の前が暗転した。

事務所から外を見ている。
女性が車を見ているようだ。
女性は由利だった。
慌てて事務所を出て久しぶりと声を掛ける。
「え?どなたですか?」
戸惑いながら由利は答える。
そうか、これは夢だった。
私は取り繕いながらメタリックブルーのスポーツカーを勧める。
由利は「買います」と即決した。
そして目の前が暗転する。

由利の部屋にいる。
ソファに座っていると由利が披露宴で流す曲順を聞いてきた。
あ~嫁さんと結婚しなかったら、由利と結婚するんだ。
嫁さんへの罪悪感とともに、由利と生活していける喜びもこみ上げてくる。
また目の前が暗転する。

物凄い眠気の中、起きなければいけないという使命感で必死に起き上がる。
「パパ~、早くいかなきゃ間に合わないよ」
幼稚園児くらいの男の子が私の袖を引っ張る。
男の子の顔を見ようとするが、顔がぼやけていて全く認識できない。
「あ~まだ寝てる。早く準備してよ!」
私が記憶する由利より、少し歳を重ねた由利が少し怒った顔で私を急かす。
由利と結婚していれば男の子が生まれていたのか。
そう思うと目の前が暗転した。

ベッドの上で目が覚める。
起き上がり隣を見ると、隣に寝ているのは由利だった。
本能的に由利の身体を求め由利を抱く。
しかし由利は人形のように表情も変えず、私の腕の中で無機質に揺れるだけだった。
虚しさがこみ上げる中、再び目の前が暗転する。

部品センターの続きだった。
割引券の話題を振るかどうか。
嫁さんとの縁が無ければ由利と結婚していたのであろう。
先ほどまで見ていた夢は、嫁さんとの縁が無かった時の世界線なのだろうか?
そう考えた私は割引券の話題を振らず部品センターを後にした。
開けたままの自動ドアまで歩き出すがすごく遠い。
歩いても歩いてもドアに近付けない。
そのうち腰が抜けたようになり、這いつくばってドアに向かう。
ようやくドアまでたどり着き、ドアにもたれながら体を起こす。
足を踏み出して部品センターから出ようとした時、「ねえ」と後ろから声を掛けられた。
振り返ると奥の男性2人と嫁さんが立ち上がっていて無表情で私を見ている。
「ねえ」
もう1度嫁さんが言うと、奥の男性2人と嫁さんの顔がぼやけた。
「ねえ」
さらに嫁さんが言うと、嫁さんが私の目の前に移動していた。
そして目の前で嫁さんの顔がクシャクシャに崩れると大粒の涙を流しながら私に言った。

「ねえ、なんで映画に誘ってくれないの?」

金縛りが解けるような感覚で目が覚めた。
動悸が激しく冷や汗もかいている。
隣を見ると嫁さんは眠っていた。
出会った頃よりは幾分ふくよかになっているが、間違いなく現実の嫁さんだ。
夢で由利を見た時、後先考えず本能的に抱いてしまった。
もし現実で由利と再会した時、私はどう行動するのだろうか?
もしかすると嫁さんは私のこの女々しい気持ちに気が付いているのかもしれない。

この夢を見た後、私は未練たらしく残していた由利の携帯番号とメールアドレスを消した。
いや、それ以前に由利の方が既に変えていただろう。
写真の類も全て消去した。
携帯電話の通信規格も3Gから4G、5Gへと変わり、当然スマホもそれなりに買い換えてきた。
もう私と由利とを繋ぐ接点は何もない。

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