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犬聞録第3話/犬と美少女

今日も犬の話を書いていく。
犬が見る景色はモノクロだと言われているが本当だろうか?
今も疑問に思っている事だ。
当時、私の頭に流れて来る映像は全てカラーだったから。

夏休みの平日、その日は誰も遊ぶ友達がいなかった。
既に11時を回っており、暑くて虫捕りに行く気にならない。
お腹が空いてきたので一人でうどんを食べに行く。

住んでいたマンションから、駅前の商店街までゆっくり歩いて10分。
ダッシュすれば5分でJRの駅に着く。
(当時はまだ国鉄だった)
通学でJRを使うようになった高校時代は、駅近マンションの恩恵を最も受けた時期だった。

駅前の道路は駅を背に扇状に伸びている。
中心にメイン道路があり、道路の両脇には屋上に遊戯場があるデパートが向かい合って建っていた。
メイン道路の左側2本が商店街になっていて、どちらにもアーケードが付いている。
メインの商店街は全長500メートル近く、全区域にアーケードがある。
今のように郊外型の大型スーパーが無かった時代で、いつ行っても活気があった。
贔屓のうどん屋はメインの商店街の終点手前を右に入った路地にある。
左に曲がるとアーケードが付いているが、右に曲がった路地には無い。
そのため右の路地は少し寂れた感じだ。
右の路地を曲がってすぐ、20メートルほど歩くと左側にそのうどん屋がある。
年配の女性2人で経営しているうどん屋で、安くて美味しくてボリュームがある。
ちなみにいつも頼んでいた海老天うどんで180円。
稲荷が2個入りで60円。
うどんは無料で大盛に出来るので、腹いっぱいになるのに300円かからない時代だった。

うどんで腹を満たし、欲しいガンプラが入荷しているかを見るために模型屋に向かう。
来た道を戻り、アーケードが付いている方へと真っすぐ進む。
少し進んだ左側にも狭い分岐があり、メインの商店街とつながっている。
その狭い路地の角にはお菓子屋があり、私が通る時にポンポン菓子を作っていた。
路地を進むと真ん中あたりに目当ての模型屋がある。
週末になると近所の小中学生でお店は溢れかえる。
シャア専用ザクが手に入らず、下手糞ながら量産型を赤く塗った思い出。

特に目新しい入荷もなく店を後にする。
メインの商店街を意味もなく歩いていると後ろから声を掛けられた。
「どこに行くの?」
振り返るが誰もいない。
ふと左の足元を見ると犬がいる。
犬種はコリーで首輪もしているし毛並みも良い。
どうみても野良犬ではなく飼い犬だが、リードもなく尻尾を振りながら私を見上げている。
「どこ行くの?」
再度聞かれたので「暇だから散歩中だよ」と言った。
ここでも散歩というワードに目つきが変わり強く反応した。
犬は本当に散歩が好きらしい。
「一緒に行きたい」
犬の感情が流れて来るが勝手に連れて行くわけにもいかない。
「飼い主はどうした?」
そう聞いてみたが返事が無い。
「飼い主」が分からないのかと思い、質問の仕方を替えてみた。
「ボスはどうした?」
「いないから探してる」
そう犬が応えると、私と年があまり変わらないくらいの女の子のイメージが流れ込んできた。
女の子と知り合いになれるかもしれない。
「じゃあ暇だし一緒に探すか」
下心を持った私が歩き出すと、その犬も後を付いてきた。

歩きながら質問をする。
「どこに住んでるの?」
声量を絞って話しているとはいえ、犬にしゃべりかけている小学生は周りの人たちにどう映ったのだろうか。
犬は応えず、芝生の敷かれた庭、赤い屋根の犬小屋が流れ込んでくる。
「まあ犬に住所は分からないよな」
そう思いながら質問を続ける。
「ボスはどんな人?」
「やさしくて食べ物をくれるよ」
そう応えると先ほどの女の子のイメージが、高精細な画像で流れてきた。

「無茶苦茶可愛い」

髪は肩より少し長い程度で後ろで結んでいる。
半袖半ズボンから見える手足が白く細くて長い。
顔は顎がシャープで目つきは私好みの狐目。
これだけ可愛いと学年が違っても話題になる。
という事は私の通う学校ではないという事だ。
近所には私の通う小学校を含めて4校があった。
街に活気があり、有名企業の社宅も建設され人口が鰻上りの時代だ。
人脈ネットワークが発達していない小学生時代で、塾にも通っていない私に他校の知り合いはいない。
諦めかけていたその時、後ろから声がした。
「タロウちゃーん」
犬と私が同時に振り向く。
犬が私に見せたままの美少女が慌てた様子で走ってくる。
「お前、コリーのくせににタロウって名前なんだ」
そう思う私の事など完全に無視してタロウは飼い主に向かって走っていく。
しゃがみ込んだ女の子の顔を舐めるタロウを必死に押さえながら、女の子が私にお辞儀をする。
「すみません。リードを外していたら大きな音にビックリしたみたいで」
ふと先ほどのポンポン菓子を作っていたお菓子屋を思い出した。
「いや、俺も犬好きだし気にせんでいいよ」
余裕の表情と仕草で答えるが、人生初の美少女との会話で心臓はバクバクだった。
女の子がタロウにリードを結んでいる間、タロウは一生懸命女の子に話しかけている。
「どこに行ってたの?」
「寂しかったよ」
「この人と散歩してたんだよ」
女の子にタロウの声は届かない。
「本当にありがとうございました」
そう言うと女の子とタロウは行ってしまった。

携帯電話もSNSも何もない時代。
女の子に連絡先を聞く勇気もなく、私の一目惚れは幕を閉じた。

高校生になった時、別の小学校出身の友達から1学年下の女の子が芸能界デビューする事を聞いた。
たぶんあの女の子だと思ったが、その後有名になった女の子はいない。
あれだけ可愛くても日の目を見ないとは、複雑な業界なんだなと思った。
一世を風靡した某にゃんこクラブのメンバーなどより頭一つ飛び抜けていたのに。

犬の話、まだ続きます。

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