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無料連載小説|紬 8話 大麻

仕事が決まったらまず友達に報告しなければならない。祝いをせしめるためだ。しかし私生活が狂っている俺と遊んでくれる人なんて少ない。その稀有な人が高校の先輩である京介さんだ。この人の生活も狂っている。大麻を嗜む31歳の公認会計士。どちらかというと俺よりひどい。

俺は京介さんをいつも会うバーへと誘った。入り口にニルヴァーナのギターボーカルであるカート・コバーンのポスターが貼ってあり、グランジばかり流している店だ。客は俺たちしかいないからビールは腐ってるはずだ。俺たちは腹の心配をして瓶ビールを頼むようにしている。ビールが来たら賞味期限を確認して飲むというのが俺たちの風習だ。もちろんフードなんて頼まない。
「京介さん、八月から年収1000万になります。京介さん超えましたか?」
「そんなに給料もらえるのか?どんなところだ?」
俺は成り行きと勤め先を告げた。
「可哀想な人たちがいるところか」
京介さんには案外人の心がある。10代の頃には血も涙もない人だったが、20歳になってから急に優しくなった。そんな京介さんには患者に手を出すなと添えられた。ただ俺が来た理由は京介さんのアドバイスを聞くためじゃない。祝いが目的だ。
「京介さん、何かください」
「あまり大きな声で言うな。俺もそろそろやめないとヤバいと思ってるんだ」
勝手に意味を取り違えて自白する。今までパクられていないことが不思議な人間だ。
「祝いにセッション付き合ってくださいよ。10年はやってないでしょう?」
「俺はもう8ビートを叩くのも怪しい」
俺たちはこの店で流れているような音楽をやっていた。20歳までだ。俺がベース、京介さんがドラムだ。京介さんとの相性は良かった。
「あいつも死んだんだし、もう音楽はいい」
京介さんの親友である蒼さんの話だ。蒼さんはギターボーカルだった。ライブ後、酔って歩いて帰っているときに年寄りが乗った軽自動車が突っ込んできたそうだ。年寄りが何でそんな時間に運転していたのか、現実味がなかった俺たちは疑問に思っていたが、頭がボケていたらしい。徘徊の理由は俺たちだけじゃなく本人にも分からないだろう。とにかく俺たちは20歳なんて若さで死んだ蒼さんの骨を拾い、蒼さんの親からギターを託された。フェンダーUSAのジャガー。カートが使っていたものと同じギターだ。俺は蒼さんの形見を眺めながらセックスはできないと受け取らなかったので、京介さんの家に置いてある。大麻の煙の向こうに蒼さんのギターがあるのだろう。京介さんの目が赤い日のほとんどは大麻のせいだと思うが、時々違う赤みを帯びている。目つきの悪い京介さんが、時々遠い目をしながら酒を飲む夜がある。

悲しみを抱えて生きるのは当然だと人は言うかもしれない。だけど悲しみと絶望では深さが違う。紬が身にまとっているのは絶望だ。そんな絶望という暗闇から、俺は紬を救い出そうとした。外に引き出してみると、紬は光に焼かれた。


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