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西暦2億5千万年 3話【創作大賞2024 漫画原作部門】

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周囲を囲うように設置された加速器装置とその中央に加速器に連結した透明で巨大な容器。
それを前にして、羽場はボサボサと髪を掻きながらエマと田丸の方に振り返る。
羽場「高次元ブラックホールによる次元転移システム
 つまりこれが未来資源転送システムだよ」


エマはジャンパーのポケットに手を入れつつその装置を見下ろす。
田丸は呆然とした顔になっていた。
田丸「これが…未来資源転送システム……」

田丸「…って」
だが、すぐに羽場の説明に驚きの声を上げた。
田丸「ブラックホール!?」

田丸は冷や汗を出して苦笑いする。
田丸「じ…冗談ですよね?」
羽場「いや。本気だ」
田丸「まさか……!
 ブラックホールは極端に重力が強い天体なんですよ?」
羽場「言いたいことはわかるよ」

羽場は笑みを浮かべると
羽場「でも確かにここに存在するんだよ」
壁際にあったスイッチを押した。

スイッチが押されると、何本もの光が点灯し中央の容器に向かって真っ直ぐ照射した。
だが光は容器の中央で歪み、何もない球状の空間が出来上がっていた。

田丸は青ざめ狼狽する。
エマも手すりを握り食い入るように装置を見た。
田丸「!! 歪んでる…?」
エマ「重力レンズ効果?
 ……オーマイガッ…」

羽場は下に降りるためゆっくりと壁際を歩き、階段を降りる。
羽場「おや? エマも初めてだったのか」
エマ「えぇ…理論自体は知ってるけどね
 ここの最深部なんて来れるわけがないし
 まさかこんなにくっきり見えるなんて…」

田丸「でもこんなもの……大丈夫なんですか?
 ブラックホールってその…周囲のもの全部吸い込んじゃうんですよね?」
エマ「それは3次元にある場合
 このブラックホールは高次元――より正確には5次元時空上にあるのよ」

田丸の頭に「?」が広がる。
田丸「5次元…?」
エマ「要するに私達の住む宇宙っていうのは
 もっと高い次元を持つ別の宇宙の表面にあるのよ
 ちょうどこの箱の表面みたいにね」
とエマはサルミアッキの箱を取り出す。

箱の側面をなぞるエマ。
エマ「ここが私達がいる宇宙」

エマは箱の蓋を開けて指を入れる。
エマ「だけどこの中には私達では知覚できない
 より大きな宇宙があるの」

エマはサルミアッキを1個1個取り出す。
エマ「5次元宇宙にも太陽はあるし銀河もある
 もちろんブラックホールもある」

エマはサルミアッキ1個を持ち、田丸に見せる。
エマ「高次元ブラックホールというのはこれのこと
 強大な重力だけどこの箱の中にあって
 ある程度"深い"ところにあるから
 表面にはほとんど影響がない」

羽場はいつの間にか下に降りて未来資源転送システムの容器の前に立っていた。
羽場「とはいえあぁやって重力が湧き出すくらいには
 近いらしいけれどね」

田丸は眉間に皺を寄せて難しそうな顔をする。
田丸「はぁ…なんとなくはわかりましたけど……
 でもあんなのどうやって…?
 僕らじゃ高次元空間なんて観測できるわけないですよね…?」
羽場「ただの偶然だよ」

羽場は未来資源転送システムの制御装置をいじり出す。
羽場「当時僕がいた研究チームでは新しい次世代の資源を求めて日本中を探索していたんだ
 その時に、まさにここで原因不明の重力異常を観測した
 そこで鷲尾さんに協力を仰いで実験と調査を続けた結果、高次元ブラックホールだとわかったんだ」

田丸「すごい…偶然なんてとんでもないです
 ってことはこれを使えば未来から資源が取得できる!」
羽場「そう…実際には高次元の物体を直接扱うことは無理だ
 けど唯一重力のみが次元を跨ぐことができる」
エマ「だから羽場とおじいちゃんはあんなクレイジーな取得法を考えたのね
 マイクロブラックホールを生成して高次元ブラックホールにアクセスするなんて…」

田丸は目を丸くする。
田丸「マイクロブラックホール!?」
エマ「そうよ…3次元の極小ブラックホール
 量子レベルで小さいけれど時空を極端に歪める」

エマはサルミアッキの箱の蓋を開いたまま側面を上から押しつぶし、中に入っているサルミアッキに箱の表面を付けた。
エマ「高次元ブラックホールの重力影響下で空間を歪めれば、5次元に接続できる」
羽場「それだけじゃない
 これも偶然だが…ブラックホール同士が触れると
 ある不思議な現象が起きたんだ」

田丸「不思議…?」
羽場「マイクロブラックホールは小さいからすぐに蒸発してしまうが
 高次元ブラックホールに一度触れてしまえば
 それに引きずられて歪んだまま時空が固定されたままになったんだよ」

羽場が制御装置の起動ボタンを押すと、容器の中がバチバチと放電し始めた
羽場「それはある種過去と未来を結ぶ路
 そこに特殊な電磁パルスを与えると…」

エマ・田丸「!!」
容器の中心からゴボゴボという音を立てて未来資源F(液体)が湧き出てきた。

羽場「これが未来資源Fの取得法だ」


田丸とエマは湧き出た未来資源Fを唖然として見ていた。
やがて田丸がゆっくりと口を開ける。
田丸「す…すごい……」

爛々と目を輝かせる田丸。
田丸「すごすぎますよ! 羽場先生!!
 まさか本当にタイムトラベルの技術が出来上がっていたなんて…!
 それだけじゃない
 それを使って未来から資源そのものを取得しちゃうその発想力!
 エマさんの言う通りまさにクレイジーですね!
 あ、良い意味でですよ
 だってタイムトラベルできるのにそれで未来で出来た資源を取ろうなんて誰も考えないです!
 あ、ってことはまだ出来上がっていない未来資源Fの材料はこの装置の下ってことですか?
 うわーすごいなぁ…羽場先生ほんと天才ですよ…!」
興奮しながらペラペラと羽場を褒めちぎる田丸。
そんな田丸にエマはドン引きしたような顔をするが、羽場は慣れているのか黙々と作業をする。

興奮気味の田丸を無視してエマはため息を吐き羽場に近づく。
エマ「はぁ…田丸の羽場アゲは置いておいて
 それで? 羽場は私にこれを見せてどうしてほしいの?」
羽場「エマにタイムマシンを作ってほしい」
エマ「無理ね」

エマ「理論上あの歪んだ時空に入れるのは気体か液体くらい
 人間があそこに入ればバラバラにされてそのまま御陀仏よ
 タイムマシンなんて夢のまた夢の話」
羽場「あぁ…でもそれは今のところは、だ」

エマ「? どういうこと?」

羽場「エマも鷲尾さんの研究を引き継いでいるなら知っているんじゃないか?
 鷲尾さんの最後の研究はタイムマシンだ」

エマ「でも理論的に不可能という結論を出してる!
 物を作る段階にすら至っていない」

羽場「もう一度言うけど
 タイムトラベルの技術は国家機密なんだ」
エマ「? …………まさか!」

エマは目を見開き羽場を見る。
エマ「ここにあるのね? タイムマシンが」

羽場は笑みを浮かべる。
羽場「正確には鷲尾さんの研究ノートと設計図だけ
 試作一号を作っている最中に鷲尾さんが失踪してしまったから計画停止状態だ」

羽場はエマの方を振り返った。
羽場「だけど鷲尾さんの理論は完璧だ!
 未来に…行けるはずなんだ!!」

羽場はエマに頭を下げる。
羽場「だから頼む…!」

田丸は羽場のその態度に眉を下げる。
田丸「羽場先生……」

エマは「はぁ」と大きくため息を吐く。
エマ「こんな小娘に頭を下げるなんて…
 羽場にはプライドというものもないの?」
羽場「妻の命に勝るプライドなんて存在しない」

エマ「やる気もない上にプライドもない
 そんな羽場の言うことを私が聴くとでも思っている?」
羽場は黙って頭を下げ続ける。

田丸「エマさん、それはあんまりですよ
 奥さんがいなくなって羽場先生がどんな思いを――」
羽場「…いいんだ田丸君」
田丸「!」

羽場「エマの言う事は尤もだ
 僕はアカリが消えるまで何もしようと思わなかった
 妻が消えてやっと本気になった無責任で愚かな男だ」

エマ「…………」
羽場「だけど僕は妻のためなら何だってする」
田丸(羽場先生…)

羽場「虫が良すぎることは承知の上だ
 僕ができることなら何だってする
 だからお願いだ…エマ
 アカリを救ってくれないか?」

羽場はエマに頭を下げ続けた。
エマがそんな羽場の頭を見て、やがてため息を吐き後ろを振り返った。

エマ「ここを案内してくれて感謝するわ
 非常に参考になったわ」

立ち去ろうとしているエマに手を伸ばす田丸。
田丸「エ、エマさん……!」

エマはその呼びかけに立ち止まると
エマ「羽場のためじゃないから」
田丸「え…?」
エマ「これは元々私の仕事」

エマ「羽場も田丸も泣いても吐いても
 こき使ってやるんだから
 覚悟してよね」
田丸「エマさん!」

エマは手を振って立ち去った。

羽場は頭を上げるとエマに対して少し微笑む。
羽場「それでも恩に着るよ
 ありがとう」


それから羽場達3人はタイムマシンの開発に乗り出した。
鷲尾一石の研究ノートや設計図を読み解きながら数々の試行錯誤を繰り返し、羽場達はタイムマシン試作二号機を作り上げる。

そして開発から数ヶ月後。
研究所の外に出た羽場達は最新式の宇宙服を着て自分たちが開発したタイムマシンを見つめていた。

羽場「ついにできたな」
田丸「はい…ここまで長かったですね」
エマ「まだスタートラインよ
 ここからがやっと本番」

田丸「そうですね!
 …ところでどうして宇宙服なんか着るんですか?」
エマ「西暦2億5千万年の地球は人類が住めないほど過酷な環境よ
 宇宙に行くのと大差がないと考えた方がいいわ」

羽場「サポートとしてJAXAやNASAの宇宙飛行士もいるのはそういう理由だ」
羽場の後ろには宇宙服を着た屈強な男が2人、女が1人いた。

羽場「彼らもスペースコロニーアルファが消えた原因を調査したいとのことだしちょうどよかった」

エマ「それじゃあ行くわよ」
エマはタイムマシンへ乗り込む。
田丸「は、はい!」
それに合わせるように全員がタイムマシンに向かう。

羽場はスマホを取り出しアカリとの写真を眺め、
羽場(アカリまっていろ
 今度は僕が探す番だ)
スマホの電源を切り、最後にタイムマシンに乗り込んだ。

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