心が欲しくて#01
片道、4時間の時間旅行。
その先に彼女はいる。
いつだって僕を待っていてくれる。
そこでしか会えない。というわけではない。
でも僕はそこへ行く。
こんなに一つの場所へ思いを巡らせ
往復したのは彼女のいるその場所だけだ。
綺麗にレイアウトされた
ギターが並ぶ店でもなく
そこの一冊にどれだけの思いが詰まったか
わからない本達が並ぶ場所でもなく
友達の溜まり場になっている場所でもなく
どこでもない、そこだけだ。
生まれてきて僕だけを純粋に求めてくれたのは彼女だけだ。
それは裏返しとして純粋に僕が求めたのも彼女だけということになる。
それまでの僕は
誰も信じてなかった。
誰の気持ちもきちんと考えることもなかった。
自分への好意も敵意もどうでもよかった。
彼女はいいところもわるいところも
すごく愛しくさせる。
悪いところばかりに目がいって
永遠の別れをひどい別れ方をする
ふたりが多くいるかもしれない。
でも僕は思う。
むしろ、わるいところもあるから
いいところがより綺麗に目にうつる。
心に刻み込まれる。
でもいつか終わりの日が
やってくることはわかっている。
どんな形であれ、形あるものは
いずれ必ずなくなるものだ。
栄枯盛衰という言葉が昔からあるように。
その最後の日まで
どれだけ彼女の笑顔が見れるだろう。
でも僕には
彼女には彼女だけには
どうしても言えないことがあった。
僕はあと数年でこの世を去る。
どうやら天と地がひっくり返っても
これは変えられないらしい。
彼女と出会った時に僕がそれを選んだ。
不治の病に冒されたとか、
自殺とか、そういった類のものではない。
僕は彼女の心を得る代わりに
自分の寿命を失った。
馬鹿げた話だと思うかもしれないが
本当のことだ。
ある日のことだった。
何気なく家にある
不要なものをただ捨てるよりはと
リサイクルショップなりを探して
売りに行こうと
CD、ゲーム、服、本などを
段ボールに詰めて、車に乗せた。
言い方は失礼だが、僕は
1日に1人も客がこないような
なにが置いてあるのかよくわからないような
偶然見つかるような古臭い店が好きだ。
そして好みの店がひとつあった。
そこにはよく訪れていた。
僕がなにも買わなくても
お菓子や飲み物をだしてくれたり
老夫婦が営んでいるお店。
僕はそこでなにかを買うことは
あっても
売りに行くことはなかった。
店主はどうした?
と言いたげな表情をしていた。
その人はいつも気持ちのいい売買を
してくれる。
ギターが二階にあったので
「これください。」というと
「ギターの価値なんてわかんねえから
千円だ。もってけドロボー!」
なんていつ流行ったのか
アメ横でももう使い古されたような
台詞を僕に投げ売ってくれたりする。
僕が知る限りでは当時新品で
10万をこえるような
電子ドラムだって
三千円で売ってくれたりしたこともあった。
そこに私物を売りにいった時。
店主は言った。
「あんた、ごめんな名前知らないから
呼び方は失礼かもしれないけど
自分の心と好きな人の心どっちが大切だい?」
当然、突然の問いに
フリーズしない人間がいるはずがない。
僕だってそうだ。
でも僕はその二択に興味を持った。
まあただのジョークだろうと
話に乗ってみた。
「苦渋の選択ですね。でもまあ僕、恥ずかしながら
恋も愛も知らなくてですね。正直、なんとも言い難いです。」
「まあみんなほとんど好きな人を選ぶな。
でもあんたはいつもひとりで
ここにきて、数時間店内を見て、
何かを買って、挨拶程度の立ち話をして帰っていってたな。
その寂しげな背中を見ていつも思っていた。
誰か、心を許せる人間はいないのかと。
ただ、音楽や本なんてものは独りのときとかに
求めるか、独りになりたいか。そんなときに
求めたりするもんだ。
それが悪いとかそんな話じゃない。
ただシンプルに寂しくないのかと。」
なるほど。たしかに
それはそうかもしれないなとおもった。
「心は金じゃ買えない。
なんて言葉もあるだろう。
あんたの心のほとんどを
渡してくれるなら
いつか誰かの心が欲しい。
この人の心さえ手に入ったら。
そう思う日が来ないとは
限らないだろ?
俺だって女房には迷惑もかけたけど
一緒にやってきて、生きてきて
今だって愛している。
だからあんたにそんな人が現れた時
その時にまたきてくれよ。」
こんな話、誰が信じるのだろう。
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