ストレスの原因が分からなくても、別にいいじゃんって話
一人暮らしをしていると、自分と向き合う時間は自然と増えるものです。
一人の時間が増えることで、「自分って意外と寂しがりなんだな」とか「意外と生活維持できてるじゃん」といった感じで、自身の新たな一面を見つけることができる一方、
原因不明のモヤモヤに苛まれたり、突発的な自分の感情に思考が振り回される…なんてこともしばしばあります。
そんな良くも悪くも刺激的な一人暮らし生活の中で、学んだことが一つあります。
それは、「マイナス感情の原因を、無理に探ろうとしないこと」です。
ストレスというのはたいてい複合的な原因で生まれます。
ゆえに、(少なくとも私の経験上は) 根本的な原因を探そうとすると
ドツボにはまります。
ストレスで思考が鈍っている状態だと尚更。
また仮に原因が見つかったとしても、
原因となった過去の嫌な記憶を掘り起こしてしまい、結局しんどい状態から抜け出せない…ということもありえます。
そうなってしまえばまさに本末転倒です。
そのため、マイナス感情を感じたときは、
まず原因などは考えずに、その感情を受け入れることの方が大事
だと私は考えます。
落ち込んだ時に暗い曲を聴くのが効果的であるように、
「不安感じてるな~」
「うわ~、結構辛いかも」
と考えて感情に正直になる方が、立ち直りは早くなるはず。
ちなみに私の場合は、そうして心の余裕を取り戻した後は
「なんでこうなった?」
ではなく
「これからどうしようかな?」と、
過去から今に思考をシフトするようにしています。
かの松岡修造さんも「Why」よりも「How」を重要視してますしね。
私はもともと、ストレスを感じたらとにかく原因を探ろうとする人間でした。
人目を気にしてしまう性格なので、妥当な原因が見つからないと
「なんでコイツ急に調子悪くしてるの?メンタル弱すぎでしょ」
というセルフツッコミが脳内再生されて、辛かったからです。
(我ながらメンドクサイ性格だと思いますが…)
ですが、一人暮らしの中でそんな性格を自覚した時、考えたのです。
「なんとなくが原因で何が悪い。人から理解されることよりも、自分の心をケアすることが先決じゃないか」
と。
以降、この考えを定期的に思い出す習慣を身につけてからは、
自分で自分の精神をすり減らすことはなくなりました。
私はこの経験から、
「なんとなく」という言葉は曖昧でネガティブなイメージがあるけど、だからといって、曖昧な感情を否定するべきではない。マイナス感情の原因を無理に探らなくてもいい。
と信じるようになりました。
余談ですが、以前に
「直感は、今まで得た知識や経験の積み重ねから生まれる」
みたいなことを、本で読んだことがありました。
( ↑ 多分これだった気がする。間違ってたらスミマセン)
つまり、
一見突発的な「なんとなく」にも、確かな根拠があるらしいです。
そのため、これからは「なんとなく」生まれた感情を「一時的なものだ」と一蹴せずに、
できるだけ叶えてあげられるように決断したいなぁと思う、今日この頃です。
…ただの自論流垂れ流しの記事になってしまいました。
申し訳ないです。
ともあれ、ここまで読んで頂きありがとうございました。
最後に、私の好きなラノベのセリフを引用して終わりにします。
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