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【小説】KIZUNAWA⑱        牛丼の戸沢家・無口な親仁の一言

 戸沢家の店内は静まり返っていた。白いコックコートに黒のエプロン姿の親仁はやはり無口で腕を組んで窓の外を見ていた。「京都に戸沢家さんはないからね」遠くに、キコキコキコ、茉梨子の自転車は何時もの声を響かしていた。
「あの子たち、全国高校駅伝競走大会に出場するんだって」
「……」
「長野県予選でキャプテンを失って、諦め掛けた出場を救ったのが視覚障がい者の彼なんだってさ」
「……」
「凄いよね? 諦めないで襷を繋げられると良いね」
久美子は叔父の隣で独り言の様に呟いた。
「……」
無口の親仁は窓に背を向けると厨房に入り寸胴を静かにかき回し始めた。達也たちのロード練習が一週間続き、二人の成果は五キロを二五分で走れる様になっていた。それは店内から毎日外を見ている無口の男にも分かる変化であった。
「あの子たち速くなったよね?」
久美子は嬉しそうだった。
「……」
「健常者に混じっても普通に走れる気がするわ」
久美子は答えの帰って来ない独り言を言っていた。親仁は何時もの様に黙って厨房に向かうと窓に背を向け静かに寸胴をかき回していたが、急に低い声で言った。
「久美子、テイクアウト用の器はどのくらい残っている?」
「一〇〇くらいかな」
「後四〇〇購入しておいてくれ」
「もうすぐ閉店なんだからもったいないよ」
「……」
久美子は膨れて言っても返事はなかった。
「分かったわよ……」
                               つづく

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