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【小説】KIZUNAWA③        誓いの葬列

誓いの葬列
 
 翌日の日曜日、太陽は練習に向かう途中、茉梨子の家に寄った。「心配かけてごめんね」茉梨子の母親は恐縮して言った。
「昨日から部屋に閉じ籠ってしまい、ご飯も食べないのよ」本当に心配している様子だ。
(今、家の前にいる)
太陽はM・ラインを送ったが既読にはならない。
(飯ぐらい食べないと駄目だぞ)
既読にはならない。
(また帰りに寄るから)
やはり既読にはならない。
太陽は茉梨子の母親にお辞儀をすると「また来ます」とだけ告げて自転車に跨った。
 練習に身が入らないのは太陽だけでは無かった。サッカー部の仲間も同じだ。本来なら皆で素晴らしいレースを支援した事を祠らしく語り合える日になるはずであった。それにもかかわらず無言の練習日になってしまった。練習を早めに切り上げた太陽は帰りにも茉梨子の家に寄ってみた。結果は朝と同じだった。メッセージが既読にならないのも心配の種だ。
 
 翌日の学校は何事もなかった様に朝を迎えている。二日前、駅伝部が長野県代表になった事も、その直後にキャプテンを失った事も、何事もなかった様にだ。
 野球部もサッカー部も陸上部も何時もの様に朝練習をやっている。太陽は練習には参加したが気持ちが乗らずに早々と切り上げた。
「今日は早いね」
声を掛けて来たのは美術部員が作ってくれた自分専用のボックスシートに座っている運動音痴の西之園達也(にしのそのたつや)だった。
「達ちゃんおはよう」
太陽は達也の隣に座ってグラウンドを見ながら言った。
達也は、雨の日以外は毎日この場所に座って少し高い位置からグラウンドを見ている。太陽と茉梨子とは小学校の頃からの友達だった。
「駅伝部大変だったね」
「達ちゃんはもう知っているの?」
「ニュースで聞いたよ」
「そっかー。駅伝部にあんな事があったのに、皆は何事もなかった様に何時も通りの時が流れてる。なんか寂しい気がするね」
「そんな事はないよ。皆も寂しそうに走っている」
「そんな風には見えないけど」
「陸上部は何時もよりタイムが伸びてないし、走り方に力がない」
「サッカー部もパスが生きてない、特にキャプテンの川島先輩はミスが多い。相当気落ちしていると思うよ」
川島と鎌田は親友だった。互いの夢を語り合う間柄だったのだ。
「そうかなー? 何時もと変わらなかったと思うけどな」
「僕にはそんな風に感じる。だって楠君だって何時もより早く上がっちゃったでしょ」
「俺は特に病院で目の当たりにしちゃっているからね」
「と言うより、広江さんが心配でたまらない感じかな」
「え?」
「好意を持っているんでしょ?」
「あいつとは達ちゃんと同じ幼馴染でしょうよ」
「そうだね。でも中三の頃からかな? 接し方やしゃべり方が変わったよね」
「そうだったかなー」
「心配なんだね?」
「……」
「小学校六年生の時の吉本先生を憶えてる?」
達也は突然話を変えた。
「吉本先生? ああ、憶えているよ」
「あの頃、僕はもう真っ暗で、どうしたら良いか分からなくて、自暴自棄になって、何日も学校休んでた」
「そんな事あったね」
「あの時、吉本先生が毎朝迎えに来てくれて、それでも僕、部屋に閉じ籠って先生を無視してたら、ドアの向こうから怒られた」
「叱られたの?」
「吉本先生はドアの向こうから言ったんだ。
「こら達也! お前は自分で自分の人生を切り捨てるつもりか? 人生はね、切り捨てる事など出来ないんだよ! 自分で積み重ねて行くしかないんだ! 今はどんなに悲しくて辛くても、自分で乗り越えるしかないんだ!」
そう言うとドアを蹴破って部屋に入って来て、無理やり学校へ連れて行かれた」
「あの優しい女教師の吉本先生が?」
「本当の話なんだ。怖かったけど今でもあの言葉は忘れない! 多分一生忘れないと思う」
二人の会話を打ち切るかの様に始業を知らせる鐘が鳴った。
「達ちゃん! 授業が始まる。行こう」
太陽は達也の手を引いて立ち上がると、その手を繋いだまま昇降口へ向かった。
「手は繋がなくても良いよ」
「どうして?」
「皆が僕たちの事を同性愛者だって陰口を言っているのを知ってるでしょ?」
「達ちゃんは俺の事が嫌いか?」
「好きだよ。大好きだよ」
「俺も達ちゃんの事が大好きなんだから、同性愛者じゃないか」
「好きの意味が違うでしょ」
「言いたい奴には言わせておけば良いって事さ」
太陽は達也の手をいっそう強く握りしめた。
そんな二人の様子を駐車場からじっと見ていた黒服を着た長身で初老の人物がいた。彼は二人が昇降口に入るのを確認すると高級車に乗って学校を後にして行った。やはり教室に茉梨子の姿はなかった。主のいない机が寂しそうに感じられた。太陽は数学の授業中に隠れて茉梨子にM・ラインを送ってみた。今朝、達也に聞いた吉本先生の話をそのまま打った。
「おい! サッカー部。イエローカードだぞ」
先生にはばれていた。慌ててスマホをしまう振りをして、そっと画面を見たが、やはり既読にはなっていなかった。
「もう一度言うが二枚でレッド、退場だぞ」
またばれた。
太陽は慌ててスマホをしまって頭を下げた。
「心配だな! 先生もだ! でも、今は授業中だ」
内容までばれていた。太陽はもう一度頭を下げて姿勢を正した。
 
翌日の夕方、太陽は制服に黒いネクタイをして茉梨子の家を訪ねたが、茉梨子の母親は今日も首を横に振った。スマホを開いても太陽が送ったメッセージは既読になっていない。
(先輩のお通夜、先に行く)
一行だけ送って太陽は市の斎場に向かった。
一八歳の死、通夜式の会場にはすすり泣く声で溢れていた。特に川島先輩はごつい顔をくしゃくしゃにして号泣だった。三年生が皆で支えて葬列の椅子に座らせてやっと落ち着いたぐらいだ。駅伝部は皆俯いて何もしゃべらず黙って読経を聞いている。
「だから走るのは止めてくれと言ったんだ」
独り言の様に呟いたのは目に涙を溜めた雅弘だった。その言葉を聞いた駅伝部の列から大声が飛び出した。
「お前! 先輩の病気の事を知っていたのか?」
健次郎であった。健次郎は今にも殴り掛からんばかりの勢いで雅弘の胸ぐらを掴み、雅弘の体を揺する。
「……」
無言の雅弘に健次郎は畳み掛けた。
「どうして教えてくれなかった! 辞めたとはいえ仲間だろう」
「……」
雅弘は無言で無抵抗のままであった。
「君たち! ここを何処だと思っているのです」
宮島が健次郎を後ろから押さえて𠮟り付けた。
「でも先生! こいつは知っていたのに」
「止めなさい!」
宮島が二人を引き離した。この間も読経は途切れずに続いている。読経とは故人のために唱えるものではなく、残された者への言葉だと聞いた事がある。太陽は何故かそんな事を思い出していた。
 
その後も通夜式は淡々と進められ告別式は翌日一〇時に執り行う旨の知らせがあり終了した。
茉梨子はとうとう姿を見せなかった。
                               つづく
次回
茉梨子は立ち直れるのか?
太陽に何が出来るのか?
追い込まれた北高駅伝部が鎌田先輩の告別式で取った行動とは?
さようなら鎌田先輩! 涙にくれる北高駅伝部の明日はどうなる。

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