フライドチキン踏みつけ。

「ラテン語を学ぶための在学だったけど、結果的には右斜めにある経済学を、まるで軍人のような気魄で学んでしまったんだ……」
 炎天下に晒されている公園の、濃い青色ペンキが塗りたくられているベンチ。そこに前かがみの体勢で腰を下ろしている少年は、隣に座っている少女に自分のこれまでを語っていた。
「……だから今は、素晴らしく青色の、暴力的な帳尻を個体差に合わせるための履修として、科学の基礎を選択した。もちろん有料だった。あそこはそういうことがよくあって、汚い雰囲気があるってよく言われるけど、後悔はないさ。だって、これによって得られる科学技術は、薄暗いトンネルを進むよりも価値があるし、薄いお酒しか出てこない居酒屋での宴会よりも価値がある。それに、そこで学べる知識は全部、全国のホームセンターでしか購入できないから」
「それでも大変だったでしょう?」
「ああ、まあね……周りの人間は、どうしてそんなことをしているのかがわからないといった様子でこちらを見てくる」
「そんな……」
 少女は少年の横顔を見つめていた。その新幹線のような横顔には、少年が当時感じていた苦しみの感情が再現されていた。
「けど、僕としては、そんな目をして過ごしている君たちのほうがよくわからなかったよ」
 少年は立ち上がり、そして数歩だけ歩くと天を仰いだ。青色の空には白い光を放っている太陽があり、少年はそんな太陽の中心部を双眼で射るように視た。
「ああっ! 素晴らしき油の加減よ!」
 少年は太陽に向かって叫んだ。力強さが感じられる野太い声が公園に響き、少女の耳にも、太陽にもしっかりと届いた。少年の右手にはフライドチキンがあった。こげ茶のころもが全身についているためしっかりと焼かれたことが見て取れるが、それでも隣に座っている少女の好物は、三十年遅れの鉄鉱石だった。
「私はいいと思うけどね。だって、看護師になりたいから」少女は、不利だというのにとことん前向きな姿勢を見せている少年の後ろ姿を漠然とした憧れの中で見ていた。灰色のシャツを着ている少年の背中をひたすらに見つめていると、臓物の全てがビクリと反応するのがわかった。
「だって、ポップコーンだろ? どうして君まで、そうやって紙幣の感覚を捨てようとするのかな」
「ええ、いいじゃん。なんで、それにこだわるの? 体育会系の言葉だって重いし、三十路に近い教師のほうが、私は信用できるの」少女は立ち上がり、少年のフライドチキンに勢いよく噛みついた。それは対象を確保するときの警察犬のような凄まじい素早さだった。顎の筋肉を使って全ての歯をチキンの中に食い込ませると、フライドチキンは甲高い悲鳴を上げ。さらに楽しそうな声を上げ、肉体の芯である骨をカタカラと震わせた。
「おい! この変態野郎め! どうしてお前だけはいつでも、そうやって気持ち悪いんだ!」
 フライドチキンの醜態を目の前にした少年は、怒鳴り付けながらフライドチキンをぶんぶん振り回し、まずは噛みついている少女を引きはがした。少女はフライドチキンの一部を完全に噛みちぎっていたらしく、振り落とされるようにフライドチキンから離されると、その途端に口をくちゃくちゃとさせながら、その強靭な歯で獲得したフライドチキンの肉片を執念深く味わっていた。そんな様子を憎たらしいものを見る目で睨んだ少年は、自分の体の一部が無くなったことでさらに大きな悲鳴と歓声を上げているフライドチキンを怒りに任せて地面に叩きつけた。茶色い砂まみれになったフライドチキンはすでに食べ物としての価値が最大限にまで落ちているが、それでもフライドチキンは痛みと共に楽しそうだった。カタカタ、カタカタと骨を歪ませて、泣きながら笑っているのを二人に示していた。
「どこまでもマゾなやつね」肉片を飲み込んだ少女はフライドチキンのもとに駆け寄り、そのまま足を落とした。勢いのある一度だけの踏みつけはフライドチキンの肉を吹き飛ばし、骨までもを簡単に砕く。枝が折れるような音が足の裏で響くと、少女はそのまま足をぐりぐりと動かし、骨をさらに折っていく。子気味の良い音が何度も鳴り、少女と少年の加虐心を潤わせた。
 それからついに骨の折れる音すらも鳴らなくなったのを確認すると、少年は少女の足を注意深く見つめながら、「流石に死んだか」と低く呟いた。少女もそれに合わせてゆっくりと足を上げたが、すぐに異変に気が付いた。
「ああ……いや、生きてる!」
 少女の足の裏から解放されたフライドチキンは、粉々になった骨を楽しそうにを揺らしていた。

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