優越感のタロット。

「なあタロット。お前がどうしてもラジオ・ミーティングを受けたいのなら、さっさと私に気の利いた言葉を投げておく必要がある。下水道はいつでも待機しているわけではないからな」ロドは注文用のベルを連続で押し込んでいる。店員が走って来る様子はない。「雑誌の一番上になりたくないのなら、なおさらね」
「それはどういうこと?」
 ロドはこの街の情勢に詳しくない。それは、彼自身がまだこの街に現れてひと月も立っていないからであり、タロットはそのことが何よりも気がかりだった。
「そういえばお前、あのダウン市長についてどう思う?」前の客が残していったワインを眺めている。同時にタロットは、そのワインが自分の血液であると思い込む……。
「……彼は理想的な人間だと思う」ロドは両手の書類をスッとテーブルに落とす。「だって、昨日のハンバーガーキャタピラだって彼の自作だし、落花生の赤ちゃんも美味しかった。未来のことも、ちゃんと考えている……」
「ああ。そこは私も同意見だ。でも、彼の清掃員としての態度についてはどう思う?」
「清掃員だって? いやいや……あれはちょっとしたジョークでしょ? プラスチックをろ過するなんてありえないし。昨日は人妻の家で北極限定のヨガをしていたんでしょう?」
「北極限定のヨガ? そんなものがあるのかね?」片方だけの眉をひょいと上げてみせた。その動作に『昔の男』の面影を感じたのはロドの方だった。
「ええ。ただあれは、本物のヨガを見たことが無い人間のお遊びよ。ぼくは一度本物のヨガをこの目でみたことがあるけれど、北極限定はまるでくたびれた輪ゴムのようだったわ!」
 ロドは片手で珈琲豆のカスをいじっている。この町の人間は一日に五杯以上の珈琲を飲むことがある。そうすることで一日が長くなったように錯覚できるから。タロットはデスクの下のロドの手を見つけた。すぐに、誕生日プレゼントを誕生日当日よりも前の日に見つけてしまった子供のような弾けた顔をして、ロドの萎れた手に自分の手を伸ばす……。
「うわ! ちょっと、何をするんですか?」
「俺はお前の持っている豆でココアを作りたいんだ」
 ロドの中でタロットの声が反響する。それは永久機関のようで、ロドが意識して脳に刺激を与えない限りは止まらない。「アンタの声を聞いていると、ゲイのあいつと付き合っていた日々を思い出すよ!」
 職員のロドは快楽主義なゲイと住処を共にしていた時期がある。しかしあれはロドにとって、貴重でありながら最悪な日々だった。パンツや歯ブラシはいつの間にか消えているし、食事後のうたた寝の最中には必ず尻の穴を舐められる。深夜にトイレに行った時、レントゲン撮影で自慰をしていたのを発見した際は流石に背筋から零度を感じた。そんなロドも、ストレスがたまると男の殴って乱暴に犯すことを頻繁に行った。二、三回の射精の後はコンビニエンスストアで買った酒で仲直りをするのがいつもの流れだった。
「彼とは三年前に別れているの。別れざるを得なかった。お金の価値観で彼は事故に遭った。即死だった」ロドはとっくに当時の喋り口調を取り戻していた。
「そうかい。ところで一つ質問があるんだけど、その本物とやらは、茶色い体操服を着ていたかい?」
「ええ。着ていたわ。ついでに室内に焚火の香りを混ぜ合わせていたよ。先生曰く、それが後に宙へ浮く手がかりになるんですって!」
「おいおい。それは実際、本物のヨガじゃないかもしれない。それは、カレーを用いたただの体操だよ。本物はもっと水気がある」
「そうなのね……先生に出会ったら、あの貝塚みたいな肩幅にノコギリを添えてあげなくちゃ!」
「おお……なかなか尖った意見だね。キミはもしかして、政治の世界に興味があるのかな」
「それよりも歯茎が欲しいわ。ぼくはみんなの歯茎を求めて歩いているんだから……」
「おい! ここに誰よりも強力的で暴力的な歯茎ハンターが居るぞ! 注文は? オジチャンがおごってあげるからさ」
「それよりもさっさと店を出てしまったほうが良い。ぼくは確かに歯茎ハンターだけれど、警察官はその存在にあまり良い印象は感じていないから」
 そこで周りの席にいるいくつかの私服警察官が立ち上がる。
「おいおい。そんなに一気に立ち上がったりしたらダメじゃないか。キミたちは出来の良い軍人じゃないんだから……」水浸しになった顔をしているタロットの周りを、私服警察官が囲む。
「ああ! 待ってくれよ警察官たち。恐ろしく優秀な警察官たち。よし、わかった。しっかりと礼はするから、キミたちはさっさと隣のパチンコ店に突撃をしたほうがいい」
 そうして警察官たちは駆けだした。無線での数回のやり取りの後、ロドはすっかり諦めが付いたようで、隅の汚れをしっかりと拭き取った風呂場のような顔で椅子に体を垂らしていた。
 二人は任務を終えた達成感から、この飲食店の出入り口に目をやる。清々しい青空を出入り口扉のガラス越しに観察しようとした。しかし、そこで見えたのは透明感のある青色ではなく、崩れている婦警の深い青色スカートを左手でつかみ、右手では自分の巨大な白棒を必死にしごいている少年だった。
「へっへっへへ……」
「なるほど。キミはどうやら婦警の制服フェチらしいな」ロドを見る。ロドはどうすればいいのかわからないよというピザのように伸びた顔をタロットに見せる。
 タロットが立ち上がると同時に、少年の白棒からは噴水のように白濁液が発射された。「ん、んんん」
「まあ、このご時世なんだし、どうしてもそういう癖が付いてしまうのはわかるけど、ここに居た警察官が全員私服であることに、そんなに怒りを感じなくてもいいんじゃないかな? ほら、警察署に行けば、制服なんて見慣れるほどにあるんだし」
「それでもぼくは、動いている生き生きとした婦警さんに足蹴にされたいんだ!」
「はああ、はあ、はあ……」ロドは粘液のように椅子の上に伸びる。「あれは、信頼感のタロット……」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?