マイネチャー・ヒルダンの愉快な外交。

「不愉快だ! こんな食事会で、どうして口からブラックコーヒーを吐き出さないといけないんだ!」
 茶髪の歌手は、口からゼリー状のブラックコーヒーをボドボドと吐き出しているスーツの警察官を怒鳴りつける。微弱な電撃が走ったような衝撃が長方形の室内に響き、そこに居る誰もが足の裏に痺れを感じていた。
「私はもう、失礼するっ!」
 歌手は隣に座っている護衛に素早い敬礼をし、それから出来の悪いロボットのようなぎこちない歩行で退室をした。
「ああ、彼女は何者なんだね? 軍曹?」警察官の右隣りに居る白髪の老人は護衛に困惑の眼差しを向けた。
「マイネチャー・ヒルダンです」護衛は立ち上がり、それからすぐにマイネチャーを追うように退室した。

 マイネチャー・ヒルダン。彼女の前に立つ人間は、それ相応の性欲と、確実にカレーライスを一時間以内で作ることができる調理方法を持っている必要がある。また、マイネチャーとの二分以上の対話は望まれるべきではなく、それを望む人間には速やかな絶命処置を与える必要がある。
 マイネチャーの胸元に収納されていた林檎は、現在はマイネチャーの自宅地下に存在する六畳の室内にて、専用の収納カプセル内に収納されている。林檎が収納カプセルの外に出る事態は望まれるべき事態ではなく、万が一それが実行されてしまった場合は、特殊警官による対処部隊によって、ありとあらゆる武力行使が発動する。

「マイネチャー・ヒルダンはパリの拡声器だ。なんていうかその……とても魅力的な女性だよ」
「女性なの?」
「ああ」
 地下室の出入り口に立つ、二人の警備官はひそめた声だった。

 そんな暗闇の中で、マイネチャーはただ一つの事を思い出した。
「あっ! そうだ、歌を歌わないと!」
 マイネチャーは右手にマイクを持っていた。
「もしも何らかの理由で被験者に対し、適切な処置を実行できずにいる場合は、ただちに医療の範疇を超えた武装を手に入れてください」

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