始まりがいつも突然なら、終わりだっていつも突然だと思います。

 女は男の脚を両手で掴むと、自分が出せる最大限の力で男の脚を引っ張り始めた。ピンと真っ直ぐになっている脚はすぐに皮膚が張った。男の脚を取り外すつもりでいる女は更に力を込めて引っ張り、男に強烈な痛みを与えた。
「や、やめっ、やめてくれっ!!」男はすでに涙目だった。彫りが深く、髭も生やした男らしい顔立ちでの号泣はとてもみっともなかった。
 男の顔を見て気持ち悪くなってきた女は、腹いせと言わんばかりに腕力を強めた。
「うううっ、あしがあっ!! 脚、折れちゃううぅっ!」
「折らねぇよ、バカタレ」
 やがて女の指の爪は男の脚の肉の中へ入り、脚からは血が流れた。阿鼻叫喚の男にさらなる痛みを与えた。引っ張られている脚にはいつからか熱がこもっていて、溶岩と化したかのようだった。
 真っ赤になった男の顔は涙と鼻水でとても汚かった。しかし女が引っ張る脚は、そんな顔の赤色を優に超える赤色をしていた。
「ほれほれ、頑張れー! 頑張れっ!」
 女は笑顔で、しかし適当に言うと、女性という性別を疑ってしまうほどに低い声の雄叫びを上げた。それはどこかの民族の何かの合図のようで、その太い声はやがて、ビルが立ち並ぶ都会の空に響いて消えた。雄叫びを終えた女の力は増した。血管と筋肉の形が腕の全体でくっきりと見え、その腕で男の脚を引っ張ると、ついに男の皮膚が破れていった。
「そら、もう少しだぜ!」
 女は感激の顔をすると、勢いに乗って更に引っ張った。すっかり赤い皮膚とその下の脂肪は簡単に二つに分断し、中にあるまだ繋がっている肉が見えてきた。男は人間の声ではない悲鳴で叫んでいた。
 女は脚をねじり始め、男の脚の肉と骨をねじり切ろうと試みた。両手を使って脚を回していくと、ゴリゴリッ、という中の骨が砕ける音がなった。そのまま回していると音はそのうち聞こえなくなり、音が聞こえなくなっても回し続けると、脚はねじれてだいぶ細くなった。
 女はそこで回すのをやめ、男の顔を見た。
「アンタの脚、柔らかいんだな」
 男はとっくに失神していたが、言葉を放った女は満足げな顔をして目線を脚に戻した。
「おら、もぎ取るんだよっ!!」
 ねじれ、真っ赤になった男の脚を見る女は、これだけは絶対に言おうと思っていた台詞を口にして、脚を引っ張った。
 脚は男の体から簡単に分離した。

————

「これはただの抽象画。キリンは休憩として見てるの」
 少し茶色が混じった頭髪をポニーテールにしている姉はぶっきらぼうに言った。
 姉の描いている絵を後ろから覗くように見ているのは、姉の妹にあたる女だった。
「へぇ」
 言葉かどうかも定かではない声で女は答えた。
「興味なさそう」
「なんでキリンがいるの」
 女のその口調には覇気がなかった。
「え?」
 姉は思わず女の方を見た。絵を見ているはず瞳に光は無く、見ているというよりもただ絵の方向に目が向いているだけのように思えた。血相もあからさまに悪く、まるで魂が抜けているようだった。
「どしたの……?」
 そんな幽霊のような女を不審に思った姉は恐る恐る声を掛けた。脇汗のようににじみ出る不安は止まらなかった。
 姉が声を掛けてから数十秒。女は突然、鬼のような血相で叫びだした。
「なんでぇっ、なんでここにキリンがいるんだよおっ!!!」
 雄叫びとも言えるようなそれは姉の耳をレイプし、脳をも震わせた。
「ちょっと、どうしたの」
「うるせぇっ!!」
 姉の言葉を遮るように叫ぶ女はどこからか刀を取り出した。手慣れた手付きで白い鞘から抜刀すると、屈強な武士にでもなったかのように、それらしく構えた。
「うおおおおおおっ!!」
「待ってそれ」
 姉の悲鳴も虚しく、女は刀で姉の頭を横に真っ二つにしてしまった。姉の身体には口だけが残り、それより上は地面に落ちた。
 女は清々しい気持ちで空を見た。空に雲は一切無く、太陽が我が物顔でギラギラと輝いていた。
「へっへぇ! スッキ栗鼠だぜ!」
 女は太陽に向かって叫ぶと、刀を納刀して自室に向かって歩き出した。
 そんな女の小さい背中に声が投げかけられた。
「その刀、どこで手に入れたの?」
 それは姉の声だった。女は後ろを向くと、口から上が無くなった姉が口だけを動かしていた。
「豆腐屋さん」
 女はぶっきらぼうな口調で言うと、そのまま歩いて行ってしまった。女の小さくも頼もしさのある背中を見つめる姉はは、あぁ、話が噛み合ってないなぁ、と思った。

————

「プリンがないんだけど。食べた?」
 二つのベッドの真ん中にある、小さい冷蔵庫の中を覗く同居人は、ベッドの上でくつろいでいる女に尋ねた。
「知らねぇ」右足のかさぶたを取り外す行為に精を出す女はぶっきらぼうに言った。
「……お前、食べたな?」
 同居人が低い声で言った瞬間、女は電光石火の如く同居人に近づきながら腰に帯刀した刀を抜き、その銀色に輝く刀身を同居人の耳元に近づけた。
 女の顔は殺意に満ちていた。
「なに」
 同居人は、高速で接近しその上刃物を近づけられたとは思えないような冷静さを持って言った。
 女の目はすでに敵を見る目だった。
「耳ぃ、付いてねぇのか? わたし、『知らねぇ』って言ったよな?」
 少しの冗談もない、完璧な殺意が込められた語気。今すぐにでも刃物を振り上げ、同居人の耳を切断してしまいそうな勢いだった。
同居人は小さくうなずき、「でも、お前が嘘を付いている可能性もある」と、とても冷静に言った。
 殺伐とした空気感が、部屋に充満していた。
「嘘なんてついてねぇよ」女は刀を握りしめていた。苛立ちが頂点に達していることが、充血しすぎてもはや赤目になっている目でわかった。
「とりあえずこれどけろよ。私はまだ、隻耳人間にはなりたくない」
「ふん……いいだろう」女はなぜか偉そうな態度で刀を納刀した。
「まぁ、プリン食べたの私なんだけど」
 同居人がそう言った瞬間、女は素早い動作で刀を引き抜き、同居人の腹部に居合い切りを放った。
 べチャリと音を立てて床に落ちる同居人の上半身。その顔には澄んだ表情が浮かんでいた。
「……切捨、御免」
 真っ赤に染まった部屋を見渡した女は、まるで主を誘拐した剣士に復讐を誓う隻腕の忍びのような雰囲気を出してそう言った。

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