側撃雷。

 まず、例の暴行事件の二人目の主役であったあの執筆家は、首謀者が世間から干されている間に行方をくらます。唐突に消えたので、当時の世間は神隠しにでも遭ったのではないかと大々的に疑ったが、そんな馬鹿げた話が現実にあるわけがないという他の著名な作家たちの意見によって目を覚まし、正当な失踪として扱われた。執筆家は様々な分野で文字を書く人間だったので、それなりに知名があり、故に徹底的且つ長期的な捜索が行われた。しかし何日、何か月にも続いた捜索の結果は散々たるもので、本人どころか手掛かりですら発見することはできず、当時最も失踪者数が多かった森での大規模捜索を最後に、全てが打ち切られた。
 そして次の段階として、都市の大部分を背負っていた出版社の編集長が、全ての悪事を吐露したと同時に自害する。
「カミソリの刃で一撃だったそうよ」
「綺麗なトイレで切ったんでしょう? まるで映像作品ねえ……」
 蜃気楼の味を知った青春時代に戻るため、迷宮入りの全てを解消するため、青髪の研究者たちはこぞってカプセルの研究を進めた。
「彼らは独りになることを望んでいる……。食事時に気を使わなくて済むから、尿意を告発しなくても済むから……」または自動販売による、赤いイチゴのタルトにぴったりと擬態している鱗粉の、過保護だったという……。
「所長は今も眠っております」黒いスーツが似合う秘書は、記者からのインタビューに対して必ずそう答えている。酒の臭いをいつでも漂わせている署内では、いつでも猫が葉巻を吸っている。「これが一番落ち着くし。これがないといけないし……」自分すらも誤魔化すように、呪文のように唱えると、それから人工呼吸よりも長尺な肺呼吸で、汚く甘い煙を吸収する。途端に眼窩が熱くなり、脳のシワが増えたと錯覚する。そのまま身を任せてしまえば、宇宙にまで飛んでいけてしまうほどの浮遊感を以てして、偽物の幸福を得ている。
「いいや僕はね、あれは結構正しいものだと思っているよ」一番弟子は猫の頭を撫でる。大事なものに触れているような手つき。滑らかに、手首を駆使して動かすことでできる心地の良い撫での動きは、猫のご機嫌を最大限に良くするための常套句。全員ができるというわけではないので、これができる人間は宝石のように重宝される。「でも、それだけで出世が出来た人間はいないわ」誰もがキッパリとしていた。
 ロマンティックさを求めている婦人に、ダイオウイカの存在を否定し続ける記事を書くハンサムなライター。最高司令官としての権力を執行しつづける終身刑の男は体が大きく、カファの右隣りソファーに入り浸る中年はいつでも苦い珈琲を残して店を出る。青年は人知れず、冷たい素肌に口づけを行っている……。
「不気味なピアノの音が鳴るわ。まるで駅のホームに入って来る列車の車輪が、線路と擦り合わさって鳴る、あの音みたい……」瞳を閉じると、暗闇の中に踏み切りが映る。黄色と黒色だけで、どうしてこんなにも魅力的な物体になるのだろうか。すぐ近くに大きな駅のある踏み切りで、それを通るのが日課のようなものだった。
「半分にするだけで、こんなに楽な気持ちになるのね」赤い色をした便せんのラブレターを投げ捨てる。「もっと早めにやっておくべきだった……」
 それから青い笑い声を出して、ようやくビルの上から落下した。

 新しい研究のための、暗い色をした学会。正方形を盲目的に信仰しているその組織からの最初の研究発表によると、隣国では「とりあえずテンションだけでも上げておくべき」という内容の新聞紙が普及しているらしい。黒とカーキで埋め尽くされた、バラエティ番組気取りのただのラジオ番組と、それを制作しているスタッフ陣営が六つの拳だけで短い小枝を作り上げた。
「今回の打ち上げ、どうしてもイルカ型の花火を上げたいんだよ」彼らは必ずイルカの死骸を引き合いに出してくる。カレーのライスが無くなると、その瞬間に新しいライスを足してしまう。
「あれ、確か、カレー料理対決だっけ?」
 若手の刑事はニキビだらけのあほ面をそのままに、大きく口を開けているが、ベテランがそれを制するように、「どこまで行っても、対決には至らないさ」と辺りを渋くした。
「ルウの全てをしゃぶりつくすつもりだ」軍服を模したスーツを着ている検察官は、すでに真実の在り処を見破っている。
「それなら、もうここに居る必要はありませんね……問題なのは、どうして彼らは弱い浮遊と、まるで死体のような手足の使い方をしたのかということです。接近戦に持ち込んでしまえば、ホワイトソースを使っているパティシエのお世話になる必要なんて、少しもなかったはずなのに……」若手はお菓子作りの基礎を知らなかったが、幻想的な理想という、とても不可思議で輪郭の無い存在だけは認知していた。
「もしかしたら、連続性のある音色が聞きたかったのかもしれない。溺れているときのような、生と死が隣り合わせになっている状態を望んでいたのかもしれない」
「件の話で珈琲を? それこそ阿呆のすることでしょう」
 検察官は顔に泥を塗る趣味を思い出し、すぐに黄色く温かい尿意を愛していた妻を思い出す。すると居ても立ってもいられなくなったのか、腰辺りをモジモジとさせながら、「どうか、もうお開きにしませんかあ……限界なのです」とベテランと若手の二人に懇願を始める。二人は顔を見合わせ、そのまま至近距離になるまで歩くと互いの唇に口づけをし、落ち着いた後にそれぞれ別方向に歩き出した。
「ああっ、あああああああ!」検察官は署内の白い床を茶色く汚す。

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