催眠術山羊。

山羊a「山羊山羊っていい言葉」お母さんのへそくりを食べる時のような、勝ち取った愉悦の中に彼は居た。
山羊a「なんか、いいね!」山羊山羊とはそれ程に。
山羊A「秘密の、合言葉みたいだよね」そうして山羊Aは、ここぞとばかりに舌を出す。とてもだらしない。
山羊a「なら、そうしよう」
デザイナ「ぼくはひみつのおくすりをのんでみたいけど、それはいけないことだから、あのよーぐるとのあじがするやつで、がまんするんだ!」
山羊a「なんだお前」
山羊A「山羊山羊!」その合言葉は全てを流した。
 意気揚々とその合言葉を叫ぶ山羊A。その悲鳴のような甲高い声は、地下を反響する音のようにどこまでも広がっていった。
「……しかし、ここの地下という表現は、いわゆる例え話」そのデザイナの声は、山羊達の心に染みるように聞こえていた。
山羊A「……世界が平和になった今、人類の地下といえるようなこの意識でしか存在できない我々には、そういった合言葉が必要である」冷静な声。

「山羊山羊!」
「山羊山羊!」

 すでに合言葉を知った山羊達は、楽しそうにそれを唱えている。誰かの山羊山羊に対し、それに答えるように別の山羊が山羊山羊と言う。さらにそれに答えるようにまた別の山羊が山羊山羊と言う。そうして出来上がっていく山羊山羊の連鎖は、美しくもうるさく地下に響いた。
「山羊山羊……山羊、山羊山羊……?」
「山羊山羊!」
「山羊山羊!」
 そんなふうに遊んでいると、その部屋に堂々とした立ち振る舞いで入室してきた山羊が居た。
「どうした?」山羊が問う。すると入室してきた山羊は、持っていた紙を読み上げ始めた。
「えー、報告として、選択肢の中にそれらしい山羊は居なかった。しかしながら、固有の能力を遺憾なく発揮し、現存の山羊達を圧倒した山羊が唯一存在した。その催眠術山羊は、地下という人類らの意識下にのみ存在しているという現状を打開し、人類を蹂躙し、殺戮し、再び我々が世界を支配するという未来を信じる我々の一員として加わった」
「なるほどね」山羊はうなずき、隣のもうひとりの山羊に「良いかい?」と確認を取った。
デザイナ「え、何の確認だよ」
山羊a「知るかよ」
「いやあんたがしたんだろ」それを言ったのは入室してきた山羊です。
山羊A「とりあえず、もうすぐここに来る催眠術山羊を出迎える、つまり面接をする準備をしたほうが良いのでは?」
 山羊Aはまともだった。山羊Aはまともだった。山羊Aはまともだった。
「なるほど」
「良いね」
 そうして山羊達は、その小学校の教室くらいの広さの部屋にいくつかの椅子と長机を用意して、もうまもなくやってくる催眠術山羊に備えた。三人の山羊が、長机に添えた椅子に行儀よく座っている図は中々シュールで、この後女の子と予定があるデザイナはその光景をスマートフォンに写真として乗せた後にその部屋から退室した。
「あいつ、肖像権とかで訴えれるかな」
「無理だろ」
「一応、私らって見た目は似てるし。それにデザイナは」
「そうだな」
 山羊Aは会話が面倒くさくなったので、切り捨てるように言うと、それ以降黙ってしまった。
 次に山羊Aが口を開いたのは、部屋の扉が勢い良く開かれる時だった。
「自己紹介を! どうぞぅ! めぇ」一応山羊なので、それらしく鳴いてみせた。
 いや、全員山羊じゃねぇかよっ!
 しかし催眠術山羊は、椅子に座りつつしっかりと自己を紹介し始めた。
「はい! 三度の飯より犯罪が好き! 催眠術山羊です!」
 そんな最低な自己紹介をする山羊のマゼンタの色をした目には、たしかに催眠術にかかっているようなぐるぐると渦を巻いている黄色い線が浮いていました。
「では、あなたの特技は?」面接官山羊はすでに朝から何度も目を通していた資料を机に置いて、少し先の位置にある椅子に座る催眠術山羊に問います。
 催眠術山羊は意気揚々と答えます。
「はい! 名前の通り、私は催眠術を他者に仕掛けることができます! このぐるぐるとした目を十秒ほど見つめさせると、その相手は私のことを主と思い込みます」
「ほぉ、それはすごい」面接官山羊はわざとらしく驚いてみせました。
「さらに私の催眠術は、相手の精神を破壊することができます!」
「え、それは本当ですか?!」
 そんな、突然やってきたおいしすぎる情報には、それまで面倒くさそうに瞼を半開きにしていた面接官山羊も目を見開く他ありませんでした。
「はい! 私自身がそう願った上で、先程言った手順を踏めば、相手の精神を完全に、特技すらもまともにできなくさせることができます」
「おお、それは山羊山羊だぁ!」
「はい! 山羊山羊です!」

 そうして、催眠術山羊の加入が決定したのです。

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