野良の山羊はガクガクと、戦慄を配る。

 女が街中を散歩していると、前方から女の友人がフラフラと歩いてきた。
「おお……」
 数日間、自身や自分以外の人間、世間そのものの前から姿を消していた友人を久々に見た女は、目を見開いて感激した後、そっとその名前を呟いた。
 友人は弱々しい足取りを止め、女の方を見た。赤色の瞳が、その姿を捉えた。
「ああ、おはよう」友人の声は女という性別にして低く、雨の日のようなしっとりとした声だった。
 女は友人の身体を見て更に驚いた。長すぎる白髪の下に隠れるようにある白いワンピースにはところどころが汚れ、なんと血が付いている部分まであったのだ。女は流れるように友人の素肌を注視した。露出している腕や顔にはいくつもの痣があり、見ているだけでこちらも同じ箇所が痛くなってきた。
「アナタ、また……」
 女は落胆していた。友人がこんなボロボロな格好になって帰ってきたのは、今回が初めてではなかった。
 友人はヘラヘラと笑っていた。口角付近にある真っ赤になっている丸い打撲痕が、変なふうに変形した。
「うふふふっ、今回はチャラチャラしたチンピラだったよ」
 細い身体の両肩が、痙攣しているようにガクガクと動いた。
 そのお化けのような人から外れた動作に、女はビクッとした恐怖を感じた。
「懲りないね。痛くないの?」
「痛いよ。でも、」友人はそこで言葉を切り、顔を上げた。
「それが気持ちいいんだぁ……」
 震える声で言う友人の顔には、快楽に溺れる依存者の表情が浮かんでいた。
「変態……」
 女は全身が寒気に包まれるのを感じた。真の変態を前にした時の悪寒が、精神に異常をきたすのではないかと思うほどに強く、そしてヘドロを頭からかぶったかのように気持ち悪かった。
 戦慄している女をよそに、友人は再び顔を下げて、フラフラとした足取りで歩き出した。
「それじゃあ、私は部屋に行くね」
 すれ違う瞬間の友人の声は、女の肌を鳥肌で埋め尽くすほどに気持ち悪かった。

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